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 いつも、桃枝からの着信は夜だった。それも、日付が変わる数十分前だ。  いつだって山吹が就寝準備を始める少し前に連絡をし、できる限り山吹の時間を拘束しないようにと。そう、桃枝からの着信は配慮をされていた。  しかし今日は、どうしたことだろう。こんな日中に連絡をしてくるなんて、あまりにも桃枝らしくない。山吹は現状を受け止めきれず、ただただ絶句した。  だが、ただただ驚いている場合ではない。論点は着信の時間帯ではなく、応じるか応じないかだ。山吹はスマホの画面に表示された名前を見つめながら、悩み始める。  仮に、応じなかったとして。それでも、桃枝から怒られることはないだろう。怒鳴られることも、ましてや嫌われることもない。夜中に一言『寝ていました』と。桃枝からすると真実かどうかが分からない言い訳を、さも事実かのようにメッセージで送ればいいだけだ。  それでも、懸念点がひとつ。仮に、山吹の声が聞けなかったら。……桃枝は、悲しむのだろうか。  昨晩、桃枝の気持ちも予定も考えずに手作りのチョコを押し付けてしまった失敗がある。連日傷つけるのは、気が引けた。 「うぅ~っ。……あぁ、もうっ!」  見えもしない桃枝の、悲しむ顔。山吹はガラガラの声で諦めを口にし、急いでスマホに『応答せよ』と命じた。  ついでにスピーカーモードの設定をした山吹は、枕に頭を乗せたまま耳を澄ませる。 『悪いな、山吹。こんな昼間に電話──いや、何時でも変わらねぇか。とにかくいつも、突然で悪い』 「……」  さて。応答をしたはいいが、ここからどうしたものか。声を発せば最後、桃枝に不調がバレてしまう。 『その、なんだ。特に、これと言った要件はないんだが。この後、野暮用があってな。帰りが何時になるか分からなくて、それで……。……つ、つまり、その。お前の声が、聴けない可能性があって、だな』 「……」 『まぁ、明日電話をかけたらいいだけの話だと、お前は思うかもしれないんだが。明日は終日予定があって。いや、それでも明後日には顔を見られるし、焦ることもないんだけどな。……無理だと分かると、余計に声が聴きたくなったと、言うか……。……いや、なに言ってんだろうな。悪い、気味の悪いことを言っちまって』 「……」  相槌も、返事も。頭の中では、いくらでも浮かんでいる。  口下手ながらも必死に理由を語る桃枝に、笑いながら『そこまで説明しなくてもいいですよ』と言ったら、どんな反応が返ってくるだろう。必要以上に理由を語った自分を、桃枝は恥じるだろうか。  ただ『声が聴きたかった』と言えばいいだけなのに言い訳を紡ぐ桃枝に、呆れながら『かえってカッコ悪いですよ』と言ったら、どんな反応が返ってくるだろう。落ち込むか、それとも焦ってさらに失態を重ねるか……。  だが、どれも言葉にできない。必要以上に喋ることができないのはむしろ、山吹の方だからだ。  こんなことなら、やはり通話に応じなければ良かった。自らの行いを、山吹は後悔する。  しかし、無視はできなかった。してしまえばきっと、桃枝が落ち込むだろうと思ってしまったからだ。  それでも、声が出せない。自業自得な板挟みに悩んでいると、当然……。 『……山吹? どうした?』  いつもなら軽快なトークをしてくれるはずの山吹が、黙っているのだ。桃枝が訝しみ始めるのは、なにもおかしくなかった。  ここはもう、桃枝の鈍さに賭けるしかない。意を決し、山吹は口を開いた。 「いえ、ちょっと。必死に取り繕う課長が面白くて、思わず絶句してしまいました」 『──お前、声どうしたんだよ』  賭け、失敗。山吹の不調は、即座に桃枝へと伝わってしまった。

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