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さすがに、冷たい態度を取ってしまった自覚はある。『申し訳ない』とも、山吹は思っていた。
通話に応じたのは自分で、風邪を引いたのだって自分だ。桃枝に落ち度は、欠片もなかった。そんなこと、誰に説明されなくたって知っている。
ただ、傷つけたくなかったから。落ち込ませたくなかったから、通話に応じた。……その結果が【部下への説教】なら、桃枝はなんて報われない男なのだろう。
こうなることを、見越せなかった。桃枝も相当かもしれないが、山吹だって対人能力に難があるらしい。まさかこうして弱っている時に自覚をするとは、救われない話だ。
今頃、桃枝は山吹の管理能力に対して腹を立てているに違いない。前回は山吹が桃枝に怒ったのだ。やり返されたとしても、文句は言えなかった。
「短期、集中……」
不意に、桃枝が言っていたセリフを思い出す。風邪を引いた桃枝は、確かにそう言っていた。
決して、桃枝に会いたいわけではない。だが、それでも風邪はすぐに治した方がいいに決まっている。
それは当然、山吹自身のためだ。そこには、桃枝なんて……。
「さむい……っ」
もう、寝てしまおう。山吹は目を閉じ、毛布の中に潜り込む。こうして起きているから、不必要なことばかり思い出すのだ。
看病未満のお見舞いに行った、あの夜。桃枝が後ろから抱き締めてくれた体温なんて、思い出してなにになるのだろうか。
不必要で、不健全な感傷。チリチリと妙に痛む胸には、気付かないふりをして。……山吹はそっと、眠りに落ちた。
* * *
山吹は、夢を見た。
母親が亡くなり、精神的に弱ってしまった幼い山吹が風邪を引いた時の夢だ。
体調を崩すと、母親はいつも心配そうに山吹の看病してくれた。お粥を作ってくれて、火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれて、食後に薬を上手に飲むとご褒美にプリンを食べさせてくれて……。不謹慎ながら、幼い山吹は風邪を引くのが嫌いではなかった。
まだまだ甘えたがりだった山吹はその日も、家族の温もりを求めていたのだ。咳き込みながらも父親に縋って、山吹は『お粥が食べたいです』と強請った。
返ってきたものは、言うまでもなく……。山吹はその日初めて、自分でお粥に近い料理を作った。
毛布を被り、寒さに震えて、けれど山吹は父親に甘えることをやめるしかなく。咳が止まるまで部屋を出てはいけないと言われた山吹は、ただただ体を丸めるしかなかった。
──緋花は男だから、これから大人になるのだから。父親は口を開けばいつも、そう【教育】をした。そう言われてしまえば、山吹に返せる言葉は『はい』だけだ。
いつだって、父親は山吹の将来を想ってくれていた。だからこれは愛情で、気遣いで、思いやりで……。
──だから、山吹が『×××』と思うのはおかしくて……。
* * *
「……ん、っ」
どのくらい眠っていたのか。山吹はそっと、瞼を上げる。鼓膜を揺さ振るかのように、音が聞こえたからだ。
数回瞬きをして、ようやく『自分は泣いていたのか』と気付き。目元を拭いながら、山吹はボーッと壁を眺める。
音が聞こえたのは、気のせいか。夕日が差し込む窓にカーテンをするか悩みながらもそう思い、山吹はもう一度目を閉じようとした。……のだが再度、音が鳴る。
この音には当然、聞き覚えがあって……。
「インター、ホン……?」
宅配便でも届いたのか。山吹は体を起こし、覚束ない足取りで玄関へと向かった。
口を閉ざし、極力話さないようにしよう。山吹は玄関へと向かいながらそう決め、特に疑うこともなく扉を開けて──。
「──げっ」
即座に、後悔した。
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