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 情けなくて、恥ずかしくて。マスクをした山吹はモジモジと縮こまりながら、テーブルを挟んで桃枝の正面に座った。 「なぁ、山吹。【押しかけた客人】って立場の俺が言うのもなんだが、もっと気楽にしてくれねぇか?」 「課長が、普段と違うから悪いんです。……いつもの課長らしく、いてください」 「俺のせいなのか? ……いつもの俺らしく、って言われてもな……」  困った様子で、桃枝は視線を彷徨わせる。 「あー……。……山吹。今着てるそれって、普段の寝間着か?」 「これ、ですか? はい、そうですけど……?」 「そうか。……お前の寝間着姿が見られて、俺は今、かなり喜んでいるぞ」 「──あっ、いつもの課長ですねっ」 「──これでいいのか……」  なんとか、普段の調子を取り戻せた。山吹はホッと一息吐きつつ、桃枝が持ち込んだ買い物袋に視線を移す。 「それにしても、ビックリ仰天です。課長、お料理できるんですね」 「できねぇよ悪かったな」 「だと思いました」  山吹の視線に気付いたのか、桃枝は買い物袋の中から買った物──コンビニ弁当を取り出した。二人分あるところを見ると、どうやら桃枝もここで食事をするらしい。  前に桃枝の部屋を訪れた時、キッチンや調理道具が異様なほど綺麗なことに驚いたのだが……どうやら、使っていなかっただけのようだ。 「うどんなら食えるだろ。っつぅか、食え。食って薬飲んで寝ろ」 「具がモリモリですね」 「一番豪勢なやつにしたからな」 「平常時でもこんなに食べられませんよ、ボク」 「本気で言ってんのか? 驚愕だな」  差し出された、コンビニに売っているうどん。まさかの、あんかけ仕様だ。山吹はマスクの下で思わず、口角をひくつかせる。  それでも、折角貰ったものだ。山吹は「ありがとうございます」と感謝を伝えた後、うどんを受け取った。 「ほら、箸。それと、コンビニで一応温めてはみたんだが……冷めてないか?」 「熱いくらいですよ。どれだけ加熱したんですか、まったく」 「そ、そうか、悪かった。ここに着くまでで冷めるかと思ったんだが、やりすぎたな」  なんて不器用なのだろう。山吹は箸を受け取り、マスクに手を添えた。 「あっ。課長、マスクしてください。風邪を移したくないので」 「それだと俺がなにも食えないんだが」 「ふぇ……っ。じゃあ、ボクがガマンします……。課長が買ってくれたうどん、早く食べたかったなぁ……。くすんっ」 「──悪い、マスクの予備がねぇんだ。今度新しいのを返すから、一枚くれ」 「──はーいっ」  嘘泣きだとしても、桃枝には効果が絶大。すぐに桃枝は山吹から未使用のマスクを受け取り、装着した。  と言うわけで、いざ実食。普段でも絶対に選ばない具沢山なうどんを、食前の挨拶をしたのちに、山吹は食べ始めた。 「あー、その。……ウマイ、か?」  自分で作ったわけでもないのに、なぜそんなことを訊くのか。不思議だ。  それでも、感想を求められたことは事実。山吹は、冷静に思案し始めた。  弱っているときに食べるには、味が濃すぎる。なによりも量が論外で、いくら【病人が食べる、イコール消化のいいもの、イコールうどん】だとしても、このチョイスは減点対象だ。……冷静に採点すると、そんな具合。余裕のレッドポイントだろう。  ……なのだが。 「あったかい、です」  悪くは、ない。山吹の【贔屓にも似た気持ちによる加点】により、桃枝は赤点による説教と言う名の追試を回避した。

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