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互いに食事を終えた後、山吹は桃枝から市販の薬を受け取った。
「お前、薬を常備してないのか。念のため買ってきたんだが、どうやら正解だったみたいだな」
「助かります。……あっ、お金。払いますから、レシート見せてください」
「いいっつの、これくらい。第一、お前だって俺から受け取らなかっただろ」
「代わりに車で送ってもらいました。だから、ボクは正当な対価を受け取っています」
「釈然としねぇから却下だ」
釈然としないのは、山吹だって同じだ。それでも財布を用意すると、桃枝の表情は険しいものとなった。
今度、事務所のデスクにねじ込んでおこう。心の中でそう決意してから、山吹は薬を飲んだ。
「さて、と。お前は若いし、後は寝たら治るだろ」
「オジサンみたいですね、課長」
「お前からしたら俺はおじさんだろ」
自身が食べ終えた弁当のゴミを買い物袋に戻しつつ、桃枝は山吹を見る。……ちなみに、山吹のうどんは食べきれなかった分を冷蔵庫に戻した後だ。
「それよりも、だな。……お前さえ良ければ、もう少しここにいていいか?」
「構いませんけど、なぜです? ……もしかして、セックスのお誘いですか? 課長は元気ですねぇ」
「ハァッ? なんでだよッ、違うっつのッ! どう考えても『心配だ』って話だろうがッ!」
「それは盲点でした。すみません」
「なんでこっちが盲点なんだよおかしいだろ」
困惑と羞恥により憤る桃枝を眺めた後、山吹は立ち上がり、洗面所へ向かおうとした。
「口をゆすいできますので、少々お待ちください。なにもない部屋ですが、好きなだけ物色していいですよ」
「しねぇからサッサとゆすいでこい」
桃枝を残し、山吹は洗面所に向かう。コップを手に取り、山吹はマスクを外して……。
「ボクのこと、心配してくれてるんだ……」
ひび割れた鏡に映る、口角の上がった顔。山吹は心底『マスクをしていて良かった』と思い、急いで口をゆすいだ。
それから桃枝がいる居間へ戻ると、山吹は職場用の鞄を漁り始めた。
「お待たせしました。それと……はい、どうぞ」
「これは、玄関の鍵か?」
「ボクが寝ちゃったら、鍵を閉めてお帰りください」
「それは勿論、問題ないんだが……」
本当に物色をせず座って山吹を待っていた桃枝は、渡された鍵をジッと眺めている。
「簡単に貸して、いいのかよ。俺が盗む可能性とか、考えないのか?」
なにを言っているのだろう。山吹は眉を顰めた。
「逆に訊きますけど、カギを盗んでどうするんです? この部屋、なにもないのに──あっ」
すぐに、山吹は視線を桃枝から移す。
「……あります、けど。盗んだり、しないですよね……?」
山吹が、目を向けた方向。つられて視線を動かした桃枝は、すぐに体を硬直させた。
盗まれて、困る物。咄嗟に山吹が考えた物は、ふたつ。
桃枝が渡したマフラーと、ネクタイ。丁寧に飾られたプレゼントと桃枝を交互に見る山吹に、桃枝は表情を強張らせる。
「……俺が、あげた物だろ。なんで俺が、盗むんだよ」
「ですよね? じゃあ、大丈夫です。カギを盗むメリットが課長にないのですから、盗むワケないじゃないですか」
「そ、そう、だな……」
「あれ? 課長、お顔が赤くないですか? もしかして、もう風邪が──」
「──すこぶる元気だから指摘すんな……ッ!」
これは怒っているのではなく、喜んでいるのだが。……当然、山吹には桃枝の異変に明確な理由を見つけられなかった。
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