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 寝室に二人で向かい、山吹はベッドへ。桃枝は床に座り、ただただ山吹を眺めている。 「落ち着かないですし、たぶんボク、眠れないと思います」 「それは俺がいるからか?」 「まぁ、そうなりますかね」 「うっ。……お前の体調が最優先、だからな。なら俺は、帰るべきだな」  桃枝には確か、予定があるはず。それでもここにいるということは、予定の時間はまだ先ということだろうか。  このままなにも言わなければ、桃枝はいなくなってしまう。もしかすると明日も用事の合間を縫って様子を見に来てくれるかもしれないが、来てくれないかもしれない。 「無理を言って悪かった。俺は帰るから、鍵は──」 「──ボク、まだ寝ないです。眠く、ないです」  立ち上がりかけた桃枝を、山吹は見つめる。 「だから、なにか。……おしゃべり、しませんか? 課長のご予定が、時間的に大丈夫であるのなら、ですけど」  中腰状態の桃枝は、山吹の瞳を見つめ返す。 「こっちとしてはなんの問題もないんだが、お前はいいのか? 遠慮も我慢もしなくていいんだぞ?」 「ホントに眠くないんです。ボク、普段からお昼寝とかしないので。こうして毛布に入っているだけで、体は十分休まっています」 「そうか? それなら、いいんだが……しかし、な」 「イヤなら、いいんです。ムリを言って、すみませんでした」 「嫌なわけねぇだろ大歓迎だっつの」  山吹の体調を気遣っての行為だとは分かっているが、山吹は一瞬だけ考えてしまった。  ──桃枝の方から、離れようとするなんて。……それが不快だなんて、思ってしまったのだ。  山吹が感じた醜い感情に気付くはずもなく、桃枝はもう一度、床に腰を下ろした。 「しかし『おしゃべり』って言われてもな。俺は自発的に話題を振るのが苦手なんだよ。……なにか、話してくれ。そうしたら、俺が話題を膨らませる」 「病人が相手なのに、酷いですね」  流暢に喋れてはいるが、これでも病人だと。そう強く主張してしまえば、桃枝は帰ってしまうかもしれない。  引き留めたい理由も分かっていない中、それでも山吹は【話題】を考えた。……考えたのだが、特に話したいことも思いつかず。 「……楽観主義者はドーナツを見て、悲観主義者はその穴を見る」  自分がいかに、暗くてつまらない男なのか。普段の明るさに内包された愚かしさが、チラリと姿を現してしまった。  山吹が呟いた言葉を受けて、桃枝は眉を寄せる。 「なんだ、それ?」 「とある作家の名言ですよ。ボク、この言葉が結構気に入っています」 「座右の銘として選ぶには、あまり明るい言葉ではなさそうだがな」 「さすがに座右の銘ではありませんよ」  当然の反応だろう。山吹は寝返りを打ち、桃枝に顔を向ける。 「ただ……胸に、トスッと刺さったんですよね。今の言葉を、初めて知った時。『ホント、その通りだな』って」 「へぇ」  口にした瞬間から、分かっていた。こんな話題、誰だって広げられるはずがないと。  すぐに山吹は、明るい話題を模索し始める。もっとポップで、桃枝が好みそうで、尚且つ普段の山吹らしい話題を──。 「それよりも、俺は【誰かを信頼できるかを試すのに、一番良い方法は……】ってやつが好きだな」  ……まさか、あの桃枝が本当に話題を膨らませられるとは。山吹は驚きのあまり、目を丸くしてしまった。

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