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 返された言葉を聴き、今度は山吹が眉を寄せる番だ。 「……なんですか、その【方法】って?」  途中で止められた、肝心の方法。まるでナゾナゾのような言い回しに、山吹の興味は悔しいことに向いてしまう。  寝返りを打ったことにより、髪が顔にかかってしまった。桃枝は山吹の顔にかかった髪を指で払いながら、特にもったいぶることもなく答える。 「自分が信頼するんだよ。誰かのことをな」 「それ、矛盾していませんか?」 「だけど、道理だと思わないか?」 「……どう、でしょうね」  それこそ、桃枝が自分に設定している座右の銘だろうか。なかなか前向きで、どこか桃枝らしい言葉な気もする。  相手からなにかを与えられたいのならば、自分から相手に与えろ。砕けば、そういった意味の言葉だろう。  普段の山吹なら、気に留めなかったかもしれない。さらに言うのであれば、あざとく上目遣いをしながら『でも、なにはともあれボクのことを先に信じてくれますよね?』などと言ってのけただろう。山吹は、そういう打算まみれの男なのだから。  だが、しかし……。 「ボクはバカですし、仕事の要領も良くないですし、空気が読めないときもありますし、ついつい課長にイジワルしちゃいますし、そもそも課長と違って前も後ろも中古品ですけど。……でも、ボクのそばにいてくれて、ありがとうございます」  今の山吹は、普段と少しだけ違った。  笑うでもなく、怒るでもなく、泣くでもなく。山吹の瞳は、真剣そのもの。この反応は、桃枝にとっても予想外だったのだろう。 「なんだよ、いきなり?」 「ボクは課長と違って言葉足らずな男ではないので、気付いたら都度、感謝を口にしたいんですよ」 「へぇ、そうかよ」  最近の自分が『おかしい』と、山吹は気付いていた。無意識のうちに、桃枝から与えられることを『当然』と思っていた節も否めない。  桃枝に期待を向けて、応えられなくて。憤り、悲しんだこともあった。だが、それはお門違いだったのだ。  そもそも山吹は、桃枝になにも与えていない。それなのに、桃枝にばかり期待を向けるのは酷薄な話だ。  だから、今までの期待に対する謝罪の意も込めて。山吹から向けられた言葉をどう解釈したのか、なぜか山吹は、桃枝に頭を撫でられてしまった。 「俺はな、山吹。昨日の自分に、胸を張れるか。お前と出会って、お前と話すようになって……そんなことを思うようになった」 「課長……?」 「だから、なんだ。つまり……こちらこそ、ありがとな」  早速、返されてしまったらしい。誰の名言かは知らないが、なかなかいい言葉だ。山吹は桃枝の手を頭から離しつつ、内心で深く頷いた。  そこで、ひとつ。山吹は、大切なことを思い出した。 「……あの、課長。ひとつ、訊いてもいいですか?」 「なんだよ」  訊くなら、今しかない。このままではきっと、いつまでもズルズルと引きずってしまいそうだから。  そして、なによりも……。 「──バレンタインの日。どうしてボクのチョコを食べた後、課長はボクを睨んだんですか?」  同じ失敗を、したくないから。  山吹は桃枝の手を掴んだまま、その無垢な瞳に驚愕の表情を映した。

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