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 明かりを点け、仕切り直し。お互いがひとつの動作を終えて元の位置に戻ると、先に桃枝が口を開いた。 「ところで、なんで風邪なんか引いたんだよ」  またしても、桃枝が選んだ話題は困ったものだ。山吹はギクリと体を強張らせた後、曖昧な笑みを浮かべた。 「あははっ。……そこ、訊きますか?」 「俺が風邪を引いた理由は話しただろ」 「あれは等価交換だったじゃないですか」  誤魔化そうとしている姿を見て、なおさら興味を引かれたのだろうか。山吹が『どうしよう』という表情を浮かべているのに、話題を撤収してはくれなさそうだ。  なんとしてでも、隠したい。……正直、そこまでの秘密ではないだろう。  それでも少し気恥ずかしくて、山吹は事前に予防線を張ることにした。 「……笑いませんか?」 「『裸で小一時間踊っていました』とかっていう、笑いを狙ったような理由じゃなければな」 「課長ってホント、壊滅的に気遣いができない人ですよね」 「なんでだよ。踊ってなんかいねぇだろ、絶対」  そこは、気を遣って『笑わない。約束する』と言ってもらいたかったのだが。……桃枝には、無理な返答だろう。即刻、山吹は抱きかけていた期待を捨てた。  風邪を引いた理由は、言われてみるとそこまで滑稽ではないだろう。むしろ、そうであってほしい。山吹は桃枝からの肯定を求めつつも唇を尖らせ、ブツブツと理由を語り始める。 「……湯冷め、したんです」 「おいおい。まさか、本気で踊ってたのか?」 「そんなことしません。それよりも、もっとタチが悪いことですから」 「正気か? 笑わない自信がねぇぞ」 「じゃあせめて、ノーコメントでいてください」  さすが、桃枝だ。山吹の頼みを即座に聞き入れ、口を閉ざした。  頷きで応じた桃枝を胡乱気な眼差しで見つめつつも、欠片は信じてみよう。そう思った山吹は、理由の続きを語った。 「──課長から貰ったプレゼントは、身を清めてから開封したかったんです。それで、お風呂の後に包装紙を開いて……飾るべきか、すぐに使うべきか。悩んでいたら、かなり時間が経っていて……」  どんどん、声が小さくなっていく。自覚がある山吹は、頬に熱が溜まっていく感覚にも気付いていた。 「……やだ。ヤッパリ……恥ずか、しい……っ」  羞恥心が露わになっている姿を、見られたくない。山吹は毛布で顔を隠し、ギュッと目をつむった。 「と、とにかくっ。そんな感じなので、自業自得なんですっ。課長が期待するような可笑しいエピソードじゃなくてすみませんねっ」  これでは逆ギレだ。山吹は顔を赤くしたまま、荒めな語気でそう訴えた。  ……のだが、桃枝の反応が気になる。確かに『ノーコメントで』と頼みはしたが、実際になんの反応もないとそれはそれで困った。  恐る恐る、山吹は瞳を開く。目より下は毛布で隠したまま、桃枝の反応を確認した。 「……課長? どうしましたか?」 「なにが」 「お顔が、いつも以上に険しいです」  窺った反応は、なんともコメントし難い。  眉間に皺を刻み、睨むように山吹を見ていて。……しかし耳が、赤くなっている。  果たして今の桃枝は、どういう感情からどういう表情を浮かべているのか。気恥ずかしさによって冷静さを掻き乱された山吹には、分かりそうもなかった。

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