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母親が生きている頃から、両親に対する違和感はあった。
クリスマスにサンタが来なかったのは、どうしてなのか。夏休みや冬休みの思い出を発表した時に、なぜ『家族と出掛けた』と言えなかったのは山吹だけだったのか、など。思い返せば、キリがない。
誰かに優しくされると、その後を考えてしまう。優しさが厳しさに変わる瞬間の虚無感と絶望感を、山吹は知っているからだ。
母親の最優先事項は、なにを天秤にかけたって【旦那】だった。最愛の男が『夕飯は豪勢なものが食べたい』と言えば、息子の授業参観よりも手の込んだ料理を作る方を選ぶような人だったのだ。
クリスマスだって、そう。息子が抱く【サンタさん】という夢に向ける笑顔よりも、旦那が物欲を満たした際に浮かべる笑顔を選んだのだ。
全部、知っている。愛情から切り離される瞬間を、山吹は何度も何度も経験してきたのだ。
そうした理由を、山吹は『努力不足』だと思い込むしかなかった。努力の方向性が分からないのだから、愛情も好意も継続されるわけがないと。……そう、山吹は思い込むしかなかったのだ。
「すみません。最近のボクは、つまらない話ばかりしてしまいますね」
「確かに【楽しい話】ではないな」
「……すみません」
最近の山吹は、桃枝になんでも話し過ぎなのだろう。さすがにもう、愛想を尽かされたっておかしくない。
愛も分からない、好意も返せないのなら。桃枝が山吹を愛し続けるなんて、そんなことがあり得るはず──。
「──けど、聞きたくないならそう言う。俺は今、そう言ってないだろ。なら、そういうことだ」
……あり得るはず、ないのだと。どうしてそう、山吹に思わせてくれないのだろうか。
「話したいことがあって、その相手が俺でいいなら聴く。お前の胸につかえているものが少しでも無くなるなら、俺はこの立場を誇らしく思うさ」
「課長? いったい、なにを言って……っ?」
「そうだな、回りくどかったかもな。つまり、だ。……俺は、お前が好きだ。だから可能な限り、なんだってしてやりたいんだよ」
不意に。
「お前の考えを知られるなら、なんだって聴くさ。お前をもっと知って、お前の好きなものとか、嫌いなものとかを知って。お前にもっと、近付きたい」
「か、ちょう……っ?」
「いつか、必ずお前から『好きです』って言わせてみせるからな」
桃枝らしくない、口説き方。どこか勝ち気な印象を与える笑みを薄く浮かべた桃枝の顔が、山吹に近付いた。
「……えっ? な、なにっ、なんで、顔……っ?」
なぜか……ドキリと、胸が高鳴って。山吹の頬は、ジワジワと熱を帯びる。
だが、駄目だ。山吹はマスクを押さえてから、首を軽く横に振る。
「待って、課長。風邪、うつっちゃいます……っ」
「お前、誰に向かって言ってんだよ。数週間前を思い出せっつの」
「ボクがどうこうなるのはいいんです。でも、課長はダメです」
「俺たちはなにに置いても平行線を辿ってるんだな。こっちだって、俺自身はどうなってもいいんだよ」
こんなの、山吹らしくない。近付いた顔から目が逸らせず、頬の熱は増していくばかり。
まるで、この感覚は。山吹はマスクの下で、口をパクパクと開閉させる。
「今年の俺の抱負は【お前に対して積極的になること】だ」
「は、い。知って、ます」
「なら、頼む。……山吹、マスクを外してくれ」
強引に剥ぎ取らないなんて、桃枝だって狡い男だ。山吹が自分でマスクを外すということは、山吹がキスを強請ったこととイコールになるではないか。
それでも、ジッと見つめられて。強請られて、求められて、なによりも愛を囁かれたのならば。
「……っ」
胸が高鳴って、フワフワとした気持ちになってしまったのだから。
山吹は、マスクを外すという選択肢しか選べなかった。
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