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 マスクを外すとすぐに、唇が重なった。 「山吹」 「あっ、ん……っ」  キスを、されている。ヘタレで、見た目のわりに積極性がまるでない桃枝が、半ば強引にキスを強請ったのだ。  風邪を引いていて、本調子ではない。移すリスクだって高いのに、それでも山吹は桃枝を突き飛ばせなくて……。 「か、ちょ……っ」  甘く、乞うように。漏れ出た囁きは、山吹の劣情を如実に表現していた。  優しい口付けを終えた桃枝の表情は、なぜか強張っている。今さらになって、自分がなにをしてしまったのかと反省し始めたのだろう。キスしかしていないというのに、まるで賢者タイムに突入してしまった様子だ。 「わ、悪い。今のは【積極的】と言うよりも、断然【強引】だった、な。悪かった」 「ちがっ。そうじゃ、なくて……っ」  くい、と。控えめに、山吹が桃枝の袖を引く。 「足りない、から。もっと、してほしい……です」  一度してしまえば、風邪の心配なんてどうだっていい。本人が『いい』と言ったのだから、なおさらだ。山吹は強かだった。  袖をつままれた桃枝は、一度だけ驚いたように目を開く。しかしすぐに、寝転がる山吹に視線を戻した。 「……さっきの話、なんだが。正直、いいコメントはできない」  おそらく、山吹が優しくされることを苦手とする理由だろう。桃枝らしく、実に素直な感想だ。  しかしなぜ、その話題を今するのか。山吹は頷きという相槌をしつつ、続く言葉を待った。 「けど、これだけは言いたい。……お前は子供の頃から、一生懸命で努力家だったんだな」 「まぁ、子供の頃は──……えっ?」  些細な、言葉。桃枝にとっては、ただの感想だ。  それでも、山吹にとってその言葉は……。 「今、課長……ボクの、こと……っ」  子供の頃【は】ではない。  子供の頃【から】と言ってくれた。  その差に、深い意味がなかったとしても。言葉の綾だったとしても、山吹にとっては尊い言葉で。 「これがお前にとってプラスになるかは、分からないんだが。……ご褒美だ、ってことで」 「か──んっ」  理由を付けないとキスができないほど、我に返ってしまったのか。若しくは理由がないとキスをしてはいけないと、山吹に気を遣っているだけかもしれない。  それでも、山吹にとってこのキスには意味ができた。気を抜くと、涙が出てしまいそうなほどに。  山吹の努力が、両親相手に報われることはなかった。故人となってしまっては、報われる日なんて二度とこない。山吹がいい子でいようと努力をしてもサンタは来ず、行事に両親が参列してくれることもないのだ。  けれど、初めて。山吹の努力が報われて。山吹は、感動のあまり──。 「ん、ん……んーっ」  ……感極まって、涙を流すかと思いきや。山吹は今、全く別種の意味で涙を流しそうになってしまった。 「なに──……あっ。そうか、お前、鼻が詰まってるんだったな。悪かった」 「ちっ、窒息するかと、思いました……っ」  長いキスは気持ちが良く、望んでいたものではあるのだが。……風邪の症状により鼻が詰まっている山吹は今、生命の危機に陥っている。  感動的なシーンが、可笑しいほど台無しでも。なんだかそれすら、自分たちらしいなと。山吹は肩で息をしながら、笑ってしまいそうになった。

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