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 肩たたき券を無事に手渡した後、山吹は座ったままムンと胸を張った。 「ボクはこう見えて、子供の頃は『肩たたきの名人だ』なんて言われていたんですよ! 父さんと母さんも大絶賛です!」 「っ! ……そうか」  桃枝が驚いた理由は、単純。こうして、山吹が【家族の話】を楽しそうにしているのは珍しいからだ。  山吹にとって、肩たたきは温かい思い出なのだろう。そう解釈をした桃枝は、得意気な山吹に背を向けた。 「なら、早速使わせてもらおうか。……言っておくが、俺の肩凝りは常人レベルを越えているからな」 「さすが事務仕事メインな管理課の課長ですね。腕が鳴りますっ」  こんなすぐに使ってもらえるほど、喜んでもらえたとは。山吹は桃枝の真意も知らないまま、楽しそうに笑った。  いざ、実践。山吹は桃枝の肩を叩き始めた。  絶妙な力と、角度。時折、緩急を付けるためだろうか。叩くだけではなく肘を当て、強い力を入れる。……かと思いきや、手のひら全体を使って優しく揉み解しも始めた。 「おぉ。いいな、これ。仕事終わりの体に染みる」 「腕が落ちていなくて良かったです」  桃枝、ご満悦。若干だが、表情が緩んでいた。  こうしてリラックスをしている桃枝を眺めていると、不意に。山吹の中で、小悪魔が姿を現した。  山吹は桃枝の耳元に顔を寄せ、唇を動かす。そして、吐息多めに色っぽく囁いた。 「課長の、固いところ。……気持ちいいですか?」  ビクリと、面白いほどに大きな反応。桃枝の耳は瞬時に赤くなり、すぐさま鋭い睨みが返ってきた。 「バッ、お前……ッ! 耳元で囁くな、馬鹿ガキ……ッ!」 「あははっ! どんな想像したんですか? ……課長の、えっち」 「だから耳元で囁くんじゃねぇ……ッ!」  やはり、桃枝を揶揄うのは楽しい。山吹は「あははっ!」と愉快気に笑いながら、それでも肩たたきを遂行した。  それから、数分後。山吹はパッと、桃枝の肩から手を離す。 「はいっ、終わりですっ。その券は無期限ですので、好きなときに使ってくださいねっ」 「無期限? ……あぁ、本当だな。裏に書いてある」  肩たたき券をひっくり返した桃枝は、しみじみと頷いていた。……やはり、どこか嬉しそうだ。 「それじゃあ、俺はそろそろ帰る。……プレゼント、ありがとな」 「いいえ、こちらこそ──……あっ」  立ち上がった桃枝に続き、山吹も立ち上がる。……が、その前に山吹はシロを抱き上げた。  山吹はシロを掴み、その顔を自身に向けさせる。それからなにを思ったのか、山吹はシロの鼻にキスをした。  そして、すぐに──。 「──えいっ」 「──っ!」  キスした部分を、山吹は桃枝に押し付けた。 「帰りの運転、気を付けてくださいねっ」  追い打ちかのように、笑みを向けて。山吹は、帰ろうとした桃枝にそう言った。  ピシッと、桃枝の動きが止まる。それからすぐに、桃枝は深いため息を吐いた。 「事故ったら、お前のせいだからな……ッ」 「じゃあ、事故の心配はありませんね。課長は自分の落ち度を誰かのせいにするような方ではないので」 「いちいち俺の心臓を握り潰すような言動をするんじゃねぇよ……ッ」  妙な信頼だ。だがそれも存外『悪くない』と思ってしまうのだから、やはり桃枝は山吹に甘い。 「じゃあ、今度こそ帰る」 「はい、分かりました。お気を付けて」 「あぁ」  玄関まで桃枝を追い、靴を履く姿をしっかりと目視。山吹は掴んだシロの手をフリフリと振った。  ……の、だが。 「──あと。どうせなら【こっちのキス】も、俺はほしい」 「──んっ!」  つん、と。唇に、キスをされて……。 「じ、事故っても、知りませんからね……っ」 「あぁ、分かってるっつの」  少し早いホワイトデーを満喫した後。  ……なぜか二人は、お互いに顔を赤らめてしまったのであった。 5.5章【困れば悪魔は蠅を食べる】 了

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