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 それでも、桃枝に返すべき言葉が思いつかない。山吹は桃枝を見上げたまま、どうしようかと悩む。  ……が、すぐに。山吹は桃枝の手を自分の頭から離した。 「なに? 僕がいない間に、なんの話?」  黒法師が戻ってきたと、物音で気付いたからだ。  間一髪な状況にヒヤヒヤしつつも、山吹は曖昧な笑みを浮かべる。代わりに桃枝が、どこか自信満々な様子で答えた。 「楽しい話だ」 「白菊が? ……ん、ふふっ。なんやそれ、おもろい冗談やね?」 「なんだよそのコメント、おかしいだろ。お前って本当、学生の頃から無礼千万な男だよな」 「パワハラ上等な桃枝課長にそう言ってもらえるなんて、照れるわぁ」 「お前の面の皮、本気でどうなってんだよ」  桃枝の頬からは、赤みが消えている。まるで機械のようだ。  冷たくあしらわれても、黒法師の笑顔は消えない。どうやら、桃枝からの冷たい言葉には慣れているようだ。 「白菊は中学の頃から冷たい男やったけど、高校の頃からよりその冷たさに磨きがかかったように思うわぁ」 「そうなんですか? もしかして、なにかきっかけとか?」 「きっかけ、かぁ。白菊はな、弓道部の先輩に憧れとったんよ。その人は美人さんで、けど、言うことはハッキリしとる気持ちのいい人やった。……僕らよりひとつ上の女性で、三年の頃には部長を──」 「俺の学生時代の話はもういいだろ」  どうやら桃枝は、自分の話を無遠慮に広げられるのは不快らしい。  しかし、ハッキリと聞こえてしまった『憧れ』という単語。山吹は一度、桃枝を見る。  まさか、その【弓道部の先輩】が……桃枝は学生の頃、好きだったのだろうか。  慌てて、山吹はそんな疑問を頭の中から振り払う。これ以上、桃枝に不快な思いをさせたくないからだ。 「課長のことばかり話されていますけど、ボク、黒法師さんのことも聴きたいです」  桃枝が嫌がるのなら、さりげなく守ってみせよう。山吹は人懐っこい笑みを浮かべて、黒法師を見た。 「勿論ええよ。ほな、トークテーマを決めてや」 「それじゃあ、話の流れで……好きなタイプとかありますか?」 「わぁ、ええなぁ。僕、恋バナとか全然せぇへんから新鮮で楽しいわぁ」  本音なのか、イマイチ分からない。  しかし、おそらく不快ではないのだろう。ビールを飲みつつ、黒法師は楽しそうに口を開いたのだから。  むしろ楽しくないのは、山吹の方だった。なぜなら……。 「──優しいくせに不器用で、だからうまく立ち回りができなくて。残念で、分かり易くて、だからこそ揶揄うと面白い子……やな。まとめると、僕のタイプは【一緒にいて楽しい子】やね」  黒法師が挙げた【好きなタイプ】が、ピタリと桃枝に当てはまってしまったのだから。  やはり、黒法師は桃枝のことが。浮かんでは消えてを繰り返す疑念が再浮上した中、山吹はそれでも笑みを崩さない。 「一緒にいて、楽しい人。……随分、最後はザックリとまとめましたね」 「真面目に語れば語るほど恥ずかしくなったんよ。見逃してや?」 「あははっ。それじゃあ後学のために、あえて追撃しちゃいますねっ」 「おっ、ええ性格やね? 今の話のなにが知りたいん?」 「黒法師さんが思う【優しい人】って、どんな人ですか?」  どうして、こんなことを訊いているのだろうか。答えを聴いたうえで、なにを思いたいのだろう。それでも山吹は、真剣だった。 「……」  隣で桃枝が静かに驚いていることにも気付かないほど、山吹は真剣なのだ。

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