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 かなり本気で、答えてしまった。山吹の俯いた顔に、熱が集まる。  自分はいったい、なにを言っているのだろう。よりにもよって、桃枝のそばで。穴があれば入りたくて、いっそ穴を掘りたいくらいの気分だった。 「ふぅん? 君、ええこと言うなぁ。おじさん、感動してまうわ」  揶揄いなのか、本心なのか。相変わらず心を読ませないテンションで、黒法師は相槌を打つ。  失敗した、失敗した。こんなことなら、初めから恋バナなんて選択するべきではなかったのだ。後悔先に立たずとは、まさにこのことだった。 「す、すみません。なんだか、妙な空気にしてしまいました……っ」 「ええやん、この空気。君が恥ずかしがって、縮こまって、顔を赤くして……。僕はとても愉快な気持ちや」  なんて男だ。ここまで正直に全てを言葉で並べるなんて、鬼畜としか思えない。  山吹はますます顔が上げられなくなり、余計に縮こまる。なにを言っても、黒法師を喜ばせてしまいそうだったからだ。  しかしこのままだと、桃枝にもおかしな迷惑をかけてしまう。そう思い、山吹は顔を上げようとしたのだが……。 「なぁ、山吹君。君の今の顔、もっと僕に見せてや」  鬼畜さを一切隠そうとしない黒法師が、あろうことか山吹の顔に手を伸ばしてきた。  他人に触られるのは、セックス以外ならば得意ではない。山吹は喉の奥から、小さな悲鳴が出かけて──。 「──やめろ、水蓮。コイツで遊ぶな」  すぐに、言葉が引っ込んでしまった。桃枝が、山吹の体を黒法師から離したのだから。  腕で強引に押され、山吹は堪らず後方へ倒れそうになる。それでも倒れなかったのは、黒法師と山吹の間に挟められたのとは反対の手が、山吹の背中を支えていたからだ。 「山吹、気にするな。コイツの言うことは監査の指摘事項以外、ほとんどが思い付きだ」 「そんなバッサリと本人を目の前にして否定するなんて酷いわぁ」 「間違いじゃねぇだろ。お前の悪趣味に山吹を巻き込むな」  しまった、と。気付いてももう、遅い。 「なんなら、俺が思う【優しい奴】の話でもするか?」 「……いや、いらんわ。たぶん今は、僕が期待する流れになりそうにないもん」 「そいつは残念だな」 「ホッとした、の間違いやろ」  山吹は、苦手とする話題から桃枝を遠ざけたかっただけ。ただ、桃枝よりも会話に自信があったから……だから、桃枝を守ろうとしたのだ。  だが、結果はこれ。結局、山吹は桃枝に守られたのだ。  悔しくて、恥ずかしくて、惨めで。山吹はチラリと、桃枝を見つめる。 「どうした、山吹。コイツに腹が立つなら、代わりに俺が一発殴るぞ」 「責任転嫁やめてやぁ。僕を殴りたいのは白菊の本心やろ」 「言われてみると、そうだな。なら、なんの憂いもなく殴らせてもらおうか」 「えぇっ、そうなるんっ? ちょっ、山吹君っ! 僕を助けてやっ!」  目が合い、守られて。三十代の男同士とは思えないやり取りに、山吹は笑ってしまう。 「ふっ、あははっ! なんですか、その攻防戦っ?」  自分の浅はかさが憎くて、嫌だったのに。場の空気を強引に変えた桃枝が愉快で、慌てる黒法師を見ると胸がスッとして……。  目尻に涙を浮かばせた山吹はすぐに、指で目元を拭ったのだった。

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