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 それからは特におかしな方向へ話が進むこともなく、料理を食べ進め……。 「お前に全額支払われるのは気分が悪い。俺が払う」 「いやそれは僕が後々怖いんよ。やから、今日は僕が払う」 「やめろ、山吹に甲斐性無しだと思われるだろ。部下の前でくらい格好つけさせろ」 「今さら守るメンツなんて白菊にあるん? ……って! あっ、ちょっ、待った、タイム! 僕っ、さすがにここでの暴力は良くないと思うでっ!」  二人は現在、会計争いをしていた。山吹は個室から出る時から既に戦場から遠ざけられていたので、黙って静観するしかない。  結局、黒法師という男のことはよく分からなかった。山吹は会計争いを続ける二人を眺めて、今日のことを振り返る。  黒法師が思う【優しい人】には、悔しきかな一理あった。理解以上の納得を、確かに心の中でしてしまったのだ。  その後、反射で答えてしまった山吹にとっての【優しい人】。山吹は自らの大きな瞳を、そっと細める。  ご機嫌取りではなく、ただただ会話を目的として喋ってくれた。  愛想笑いはせず、楽しいときには笑ってくれて、腹立たしいときにはムッとした顔をしてくれて、悲しいときは眉を八の字にだってしてくれた、唯一の人。  そんな桃枝だったから、山吹は『手放したくない』と思った。  ──そんな桃枝だったからこそ、山吹は『好きになりたい』と思ってしまったのだ。 「……っ」  どうしよう。どうすれば、いいのか。並んだ二人の背中を見て、山吹は奥歯を噛むしかできない。  今すぐ、彼の胸に飛び込みたい。思うままに飛びつき、そのまま『課長を好きになりたいです』と伝えたくなった。  だが、山吹にはそれができない。……山吹【だからこそ】できないのだ。  山吹が、桃枝にしたいこと。なによりも桃枝の幸福を願う山吹には、桃枝を愛することは許されない。  ──どこまでいっても、山吹の思考には【両親】が絡みついて離れないのだから。  愛が優しいものだと、信じたい。  しかし【優しい愛】を信じてしまったが最後、山吹は信じていたものを失わなければならない。  いったい、どうすれば良いのだろう。そんなことを、グルグルと考え続けて……。 「お待たせ、山吹君」 「山吹? どうした?」 「えっ。あっ、す、すみませんっ」  どうやら戦いは終焉を迎えたらしく、二人が山吹のもとへと戻ってきた。 「結局、店員さんから『折半でどうでしょう?』とか言われてしもたわ。もう恥ずかしくてこの店に来れんなぁ」 「馬鹿が、それはこっちのセリフだ」  言い争いが迎えた結末は、折半だったらしい。まぁ、そうなるだろう。むしろそれ以外、山吹には思いつかなかった。 「たまたま通りかかっただけだったのに、奢っていただいてすみません。ありがとうございます」 「ええよ、これくらい。僕ら、独身貴族やから」 「お前まさか、根に持ってるのか?」  忌憚のない言葉を交わし合い、二人は仲良く喧嘩をしている。 「そんなわけないやろ? やから、僕のことをホテルまで送ってください桃枝課長様っ」 「それが狙いか」 「ええやん、人助けやで! 僕、方向音痴やからホテルの場所憶えてないんよ!」 「馬鹿が、大声で主張することでもないだろ」  二人はすっかり、いつも通り。今までと変わらず、これからも変わらないのかもしれない。  ……ただ、一人。 「あははっ。お二人はホントに、仲がいいですねっ」  ──いつも通りに戻れないのは、山吹だけだった。

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