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店から出て、三人は桃枝の車に乗り込んだ。
「それじゃあ、送ってくれてありがとうございます、やね」
「なんだよ、気色悪い」
「酷い言い草やね。感謝はきちんと口にせなあかんやろ」
助手席には山吹が座り、後部座席の中央に黒法師が座っている。行きと同じ座り順だ。
ようやく、今日が終わる。山吹はシートベルトを締めつつ、小さく息を吐いた。
……しかし、まだだ。
「──この前だって、僕はちゃんとお礼を言ったやろ?」
まだ、今日は終わりそうになかった。
いつの話、なのだろう。黒法師はまるで、最近のような口ぶりで話している。すぐに、山吹は桃枝を見上げた。
だが、山吹が口を開くより先に──。
「そう言えば。山吹君って、お付き合いしてる子おる?」
「えっ」
まるで山吹にトドメを指そうとしているかのように、黒法師は遠慮なく話題を投げ込んできた。
慌てて、背後を振り返る。すると黒法師は身を乗り出して、運転席と助手席の間から顔を覗かせていた。
この場合、なんと答えるのが正解なのだろう。素直に肯定すべきなのか、隠すべきなのか。
肯定するとしたら、相手を言うべきなのかもしれない。そうなると、桃枝との関係が露呈してしまう。仮に肯定だけに留めたとしても、黒法師のことだ。あの手この手で問い質すに決まっている。その場合、山吹はともかく桃枝が隠し通せるとは思えない。
ここで、なぜか。山吹は、黒法師の言葉を思い出してしまった。
「──い、ない……です。そんな、相手……っ」
自分以外の誰かを天秤に乗せていると分かったうえで、自分を選ぶ。山吹が取った行為は、黒法師が言っていたことと全く同じだった。
否定をして、桃枝は傷付くかもしれない。そうと分かっていながら、山吹は自分が助かる道を選んだ。
しかし、きっと大丈夫。桃枝なら、分かってくれるはずだ。山吹は必死に、それらしい言い訳を自分宛てに引っ張り出す。
「そうなん? ちょっと意外やね。君みたいな若くて可愛い子なら、引く手数多って感じに見えたんやけど」
「あはは。それは、さすがに過大評価ですよ」
案外、あっさりと認められた。内心、山吹はホッと安堵する。
しかし、そんな安堵は束の間だった。
「──けど、もっと意外なのはこっちやで。知っとる、山吹君? 白菊、恋人おるんやって」
「──っ!」
──なんと、同じ質問に桃枝は回答済みだったのだ。
桃枝は黒法師に、伝えたのか。しかしいったい、どこまで。
山吹が珍しく、動揺を露わにしている。その様子を見て、黒法師はどう思ったのだろう。『桃枝に恋人がいるなんて、驚きだ』と解釈したのだろうか。
「可愛い子らしくてな? どこの誰とかまでは教えてくれへんかったけど、本当に大好きらしいで。この前も白菊、その子から連絡がくると思ってずーっと携帯を気にしとったもん」
桃枝が答えた言葉を、黒法師は丁寧に説明し始めた。
山吹は黒法師から隠すように、死角となる位置で拳を握る。
「あ、あの。先ほどから黒法師さんが言っている『この前』って、いつのことですか?」
まさか、まさか、と。山吹の頭に、強い警鐘が鳴り始めて……。
「──二月の中旬。その内の、土日やで」
その警告は、無残にも山吹を傷つけてしまった。
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