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7章【過ちて改めざる是を過ちと謂う】 1 *
今までいったい、どれほどの人間を傷つけてきたのだろう。この土日で、山吹はずっとそんなことを考えていた。
アブノーマルなことを強請って、嫌がられたことはあまりない。首を絞められるのも、道具を使って痛めつけられるのも……相手は『プレイの一環だ』と思っていたのだろう。そこには罪悪感なんてなかったはずだ。
ならば、山吹が傷付けた相手はたった一人。……そう。桃枝だけだ。
「……っ」
ベッドの上で寝転がりながら、山吹は蹲る。まるで胎児のように体を丸めたって、なにも変わらないと分かっていながら。
望むものを与えられたら、今まではそれで満足だったのに。首を絞められ、プレイと呼ぶには雑すぎる扱いを受けて、肉体を痛め付けられて。そうされると胸がスッとし、なにも考えられなくて良かったはずで。……それなのに、どうしてだろう。
『お前が、好きなんだよ。頼むから……頼むから、お前を大事にさせてくれ……ッ』
桃枝のことが、頭から離れなくて。胸が痛くて、仕方ないのは。
「謝ら、なくちゃ。課長に、謝らなくちゃ……」
スマホにメッセージが届いても、既読すら付けてあげられない。たった一文『すみませんでした』と打つことすら、今の山吹には難しかった。
そっと、山吹は自身の首に指を這わせる。それから、桃枝が唇を寄せたある一点をなぞった。
「課長が付けてくれた、キスマーク。いつか、消えちゃうんだよね」
まさか、桃枝がこんなものを付けてくれるなんて。いったい、どうしてしまったのだろう。
首を絞めない代わりに、これでは駄目かと。まるでそう、言いたげなようで……。
「さすがにそれは、前向きに捉えすぎかな」
どこまでいっても、自分のことばかり。さすがに嫌気が差すものの、山吹は首から指が離せなかった。
首を絞められて、初めて『苦しい』と心が訴えた気がする。今までは一度も、そんなことを考えたことがないのに。
その後、桃枝が抱き締めてくれて。愛を囁いてくれて、どうして泣きそうになったのだろう。
……桃枝に、会いたい。会って、謝って、それで。
「課長……っ」
もぞ、と。首に触れていない方の手が、下半身へと伸びる。
桃枝の声を思い出して、桃枝の体温を思い出して。『謝らなくては』という罪悪感を抱いているくせに、どうしてだろう。
「自慰行為、なんて。いつぶり、だろ……っ」
山吹の体は熱を持ち、浅ましくも快楽を求め始めた。
下着の中に手を入れ、ただ、上下に扱く。なんて単調な行為だろうか。
セックスも、同じ。ただ抜き差しを繰り返すだけの、単調な行為だ。山吹にとっては、ただそれだけの行為だったはず。
だが、違う。相手が桃枝ならば、そんな行為にも……。
「は、っ。か、ちょ……っ」
思考が、行き着いてはいけないところに進んでしまいそうで。山吹は誤魔化すよう必死に、手を動かす。
現実逃避にいつだって、山吹はこういった行為を選んでいた。それしか選べなくて、分からなくて。
しかし、今の原動力はなんなのか。
「課長、もっと……っ」
首に添えていた手はいつの間にか移動し、自分で乳首をつねり始めた。桃枝の冷えた指を思い出し、あの遠慮がちな指先を思い出しながら。
「あっ、いぃ……っ。課長、気持ちい……っ!」
誰かを想って手を動かすことも、そもそも家族以外の誰かに思考を奪われるようなことも。今まで一度たりとも、山吹は経験したことがなかった。
ビクリと体を震わせて、汚れた手を見る。山吹は高揚感が落ち着いていくと同時に、不必要なほどの冷静さを取り戻していく。
こんなにも虚しい絶頂は、いつ振りだろう。ティッシュに手を伸ばし、山吹は脱力しながら呟く。
「明日になったら、課長に『別れよう』って、言われちゃうのかな……」
ティッシュを握る手に、必要以上の力が籠る。
「課長、ボクのこと。もしかしたら、もう……」
下半身と手を拭った後、山吹は枕に顔を押し付けた。
「どんな顔をして、課長に会えばいいんだろう。……どんな顔をして、課長はボクを見るんだろう」
どれだけ嫌がっても、明日──月曜日が来る。
他の社会人とは違った意味で月曜日を呪いながら、山吹はとめどなく溢れそうになる弱音を飲み込んだ。
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