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デスク周りを片付け、二人は互いに歩み寄る。
「お前、一回アパートに帰るか? 折角だし、着替えて楽な恰好になってもいいぞ?」
「いえっ、そんなっ。ご飯だけですし、別にこのままでも平気ですよっ」
「……ん? なんか今日のお前、いつもと調子が違うな。妙に声が弾んでるっつぅか、落ち着きがない気がする」
「そんなことないです!」
「そこまでハッキリ語尾を切る奴でもなかっただろ」
桃枝に、分かるはずもない。生まれて初めて誕生日を祝われる山吹の緊張と、覚悟が。
なにかと鈍い桃枝が気付くほど露骨な様相だが、一先ず桃枝は山吹の言葉を信じる。その後「悪い、話が逸れた」と言い、桃枝は自身の後頭部を掻いた。
「まぁ、メシだけと言えば、そうなんだが……」
今度は、桃枝の様子がおかしくなっている。咄嗟にその変化に気付いた山吹は、すぐさま顔色を悪くしてしまう。
まさか、出発前からやらかしてしまったのか。続く言葉を、山吹は固唾を呑んで待つ。
山吹からの視線を一身に受けながら、桃枝は落ち着きなく、言葉を続けた。
「──お前さえ良ければ、俺の部屋に来てくれたらな、とか。そう思って、そういう意味も込めて、一時帰宅を誘発しているつもりなんだが……」
思考、停止。山吹は目を丸くして、強面な上司をただただ見上げる。当然ながら、目は合わない。桃枝が、山吹を見ていないからだ。
「課長のお部屋、に? ……えっ。そ、それ、って……っ?」
言葉を反芻してようやく、山吹の頭に意味が届く。届いたと同時に、桃枝が山吹に視線を移した。
「──約束。まだ、果たしてなかっただろ」
決定的な言葉と共に。
桃枝が言う『約束』の意味が、分からないわけではない。何度もその言葉を桃枝に伝え、強請ったのは山吹だ。
つまり、つまり、と。山吹の頭は、ピンクな妄想で埋め尽くされる。
──自分はこれから、桃枝に抱かれるのか。今になってやっと、そう気付いたのだから。
「あっ、うっ、えとっ」
なぜ、こんなにも落ち着かないか。今の桃枝以上にストレートな誘いなんて、今まで数え切れないほどあったと言うのに。
山吹は堪らず、自身が穿くスラックスを掴む。手に滲む汗を、吸わせるかのように。
桃枝が、山吹の誘いに乗ってくれる。その事実に、山吹の頬はまたしても熱を帯び始めた。
「その、あのっ。……ヤッパリ一回、アパートに戻っても……いい、ですか?」
「あ、あぁ、もちろん」
「シャワーも浴びたいので、その……少し、待たせちゃうかもしれません」
「っ。……わ、分かった」
以前まで、どうしてあんなにも簡単に桃枝をセックスに誘えていたのか。あの頃の気持ちが既に、うまく思い出せない。
「それなら俺も、マンションに戻る。一時間後にお前を迎えに行くから、出る前に連絡するぞ」
「えっと、あっ、はい。分かり、ました……っ」
「念のため言っておくが、先にメシだからな」
「わ、分かって、います……っ」
食事どころの話ではない気もするが、メインは食事。たとえ意識がどれだけ隣の男に向かっていても、食事がメインと言ったらメインなのだ。
互いに落ち着かない気持ちを抱えたまま、会社の出入り口まで辿り着く。そこで山吹は、顔を上げて──。
「──あっ! ええところにっ! なぁ二人共、僕を助けてくれへん?」
今現在、最も見たくない男の顔を視界に入れてしまった。
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