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肯定、された。別れ話に、桃枝が同意したのだ。
傷付いていい道理なんて、山吹にはない。言い出したのは山吹で、望んだのだって山吹なのだから。
「……あ、はっ。そ、そう、ですか。ようやく、目が醒めてくれましたか。それは、なにより……です、ね」
だから山吹は、口角を上げた。必死に、笑みを取り繕ったのだ。
これでいい、これでいい。山吹は作り慣れた笑みを浮かべて、桃枝を見上げる。すぐに、山吹は桃枝と目が合い──。
「──気付いてるか、山吹。こうして俺がお前に冷たくすると、口ではそうやって喜んだようなことを言いながら……いつも、ひでぇ面をしてるって」
「──ッ!」
悲し気な目をした桃枝に、全てを見透かされた。
「お前は俺に酷くされたいんじゃない。ましてや『酷さと愛がイコールだ』って証明したいわけでもない。ただお前は、俺に『優しさと愛がイコールだ』って信じさせてもらいたいだけで──」
「──違いますッ!」
作り慣れているはずの笑みが、顔にうまく貼り付かない。こんなこと、生まれて初めてだ。動揺に焦りが加わる中、それでも山吹は必死に持論をぶつける。
「そんなことをしたら、ボクが信じてきたものがウソになっちゃうじゃないですか! だからボクは課長の愛が本物だって信じるために酷くされたいんです! だから! だから今の言葉は本望なんです! 理想的な愛情なんです!」
「だったらなんで、俺が他の奴に優しくしたら嫌がるんだよ。お前の言う愛とは真逆のことをしてるんだから、お前がどうこう言う問題じゃないだろ」
「課長の掲げる愛し方を他の人にもしているから! だから信じようとしているボクは──」
「──嘘吐くんじゃねぇよ。本当は、俺なんてどうだっていいんだろ? お前にとって、俺はただ【一緒にいて楽しいだけの他人】なんだから」
「──ッ!」
まさか桃枝から、そんな言葉が投げられるなんて。山吹の顔色は、すぐさま青くなる。
「なんで、そんな……酷い、言い方……っ」
「事実だろ。お前が自分で、俺にそう言ってたんだから」
「その時は、課長のことがそういう意味で好きじゃなかったから……っ」
「じゃあ、今は俺が【そういう意味】で好きなのかよ」
「そ、れは……!」
先ほど、思わず『好きになれそう』と言ったばかり。忘れたわけではない。
だが、山吹は……。
「好きなんかじゃ、ないです……っ。課長のことなんか絶対、ボクは好きになりません……っ」
好きになっては、いけない。好きになったと認めたが最後、桃枝の全てを奪ってしまう。だから山吹は、桃枝に好意を伝えられないのだ。
その葛藤に、桃枝は気付いているのだろうか。山吹からの答えを受けた桃枝はため息を吐き、一度だけそっと、瞳を伏せた。
「そうかよ。なら、お前の言う愛ってやつを俺は向けられたってことだな」
「……え、っ? それって、どういう意味ですか……?」
伏せられていた瞳が、ジロリと山吹を睨む。
明確な、怒気を孕んだ色で。
「──傷付けるのが、お前流の愛なんだろ? 良かったな。俺は今の一言で、言葉にできないほど傷付いた」
「──ッ! そ、そんな……ちがっ、ボクは……」
優しくしたい。だがそれは、愛ではない。
ならば傷付けるべきなのだが、それは嫌だ。桃枝には、傷付いてほしくないのだから。
「……ッ」
奥歯を噛む。山吹は痛々しいほどの板挟みに遭っていた。
その事実に気付いていないのは、山吹だけだ。
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