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呆れさせ、怒らせ、見限られたはずの桃枝に抱き締められている。山吹は涙を止められないまま、桃枝の胸に顔を埋めるしかなかった。
「どう、して……っ? なんで、ボクを抱き締めるんですか? 課長、あんなに怒って……ボクは課長に、酷いことを言ったのに……っ」
状況を理解すると、山吹は必死に桃枝から離れようと藻掻き始める。
「やめて、ください。……今のボクを、正当化しないで……っ」
桃枝に、酷いことをした。到底赦してもらえるような行為ではないのだ。桃枝の愛も優しさも、きっと底を尽いたに違いない。
それなのに、桃枝は山吹を解放しなかった。抱き締めたまま、山吹の涙を自らの服に吸わせようとしているのだ。
「やめて、ダメです、やだ……っ。今のボクが許されたら、過去のボクはどうなっちゃうんですか……ッ」
「山吹……」
「父さんの【愛情】がウソだったなんて、認めたくない……ッ。サンタさんが家に来なかったのは『ボクの努力が足りなかったからだ』って思い込みたいんです……ッ! 他にもいっぱい、たくさん、たくさん……っ」
うまく、言葉が出てこない。嗚咽を漏らす山吹を、桃枝はどんな目で見ているのか。確認することも、今の山吹にはできない。
先ほどまで振り上げられていたのとは別の手が、山吹の頭を優しく撫で始める。そして、先ほどまでの怒号とは打って変わった優しい声が、山吹の鼓膜をくすぐった。
「──今までの頑張りが全部、俺と出会うために繋がっていたんじゃないかって。そう言ったら、お前は笑ってくれるか?」
反射のように、山吹は顔を上げてしまう。どんな顔をしてそんなことを言っているのか、堪らなく気になってしまったからだ。
「……なんですか、それ。課長らしくもない、キザなセリフじゃないですか。なんの解決にも、なっていないです」
「けど、笑えるだろ?」
桃枝の顔は、うっすらと赤い。自分のセリフに、さすがの桃枝も恥じているのだろう。
「……バカみたい、です。呆れて、失笑ですよ、失笑」
やはり、涙は止まらない。桃枝は山吹の頭を撫でたまま、言葉を続けた。
「愛なんてものは、人それぞれだろ。俺には理解できない愛し方を提唱する奴らには逆に、俺の愛し方が理解されない。俺はお前の両親を理解できないし、だからきっとお前の両親だって、俺を理解できない。……だが俺は、それでも別に構わない。俺は、お前だけに分かってもらえたらそれでいいんだよ」
「……ひっ、う、うぅ……っ」
「初めから、俺の気持ちはなにも変わってねぇよ。俺の言いたいことを、お前だけは分かってくれた。俺の気持ちを、お前は信じてくれたんだろ? だから俺は、それで良かったんだよ。贅沢なくらい、俺は幸せ者だ」
そんなわけない、と。咄嗟に、反論すべきだ。山吹は分かっている。
それでも、そういった意味合いの言葉が出せない。悔しくて悔しくて、山吹は子供のように泣きじゃくるしかできなかった。
「課長の、バカぁ……っ。おたんこなす、童貞、あんぽんたん~……っ」
「なんとでも言ってくれ。さすがに、酷いことをしすぎた。……少し、疲れた」
そう言った桃枝に、山吹はより強く抱き締められる。
「頼むから、もう二度とこんなことをさせないでくれ。心臓が幾つあっても足りねぇ」
頭を撫でる手つきは、ずっと優しい。ここまでされてようやく、山吹は気付いた。
「うんざりなんか、してねぇよ。弄ばれているなんて、思ったこともねぇ」
「でもさっき、課長はそう言いました……」
「そろそろ、お前との関係をハッキリさせるべきだとは思っていたんだ。だから、あぁしてお前をわざと傷つけた。……ごめんな、山吹。怖い思いをさせて、ごめんな。……ごめん、山吹」
「……っ」
さらに強く抱き締められて、得たばかりの気付きが確信へと変わる。いったい桃枝は、どこまでお人好しなのだろう。
山吹が『欲しい』と言ったものを、桃枝は不本意の極みでありながらわざと与えた。そうして与えられたものを見て、桃枝は山吹に気付かせたかったのだ。
──山吹が欲しいのは、痛みでも傷でもない。ならば山吹が本当に欲しいものは、なんなのか。
……そう、山吹自身の力で気付かせたるために。
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