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 涙が溢れる理由も分からないまま、それでも瞳からは涙が流れ続けた。  山吹は桃枝の手から顔を背け、自らの両手で目元をこすり始める。 「課長、ごめんなさい。……黒法師さんに『付き合っている人がいない』って、ウソを吐いて……ごめん、なさい」 「謝るのは俺の方だ。むしろ、正直に『いる』って答えて悪かった」 「それと、ワガママばっかり言って……課長を沢山傷つけて、ごめんなさい」 「十代なんてそんなもんだろ。……って、もう二十歳だったな」  背けられた手で、桃枝はもう一度山吹の頭を撫でた。 「とにかく、お前がそこまで気にする必要はねぇよ。面倒なお前も、俺はちゃんと愛しているままだ。……それに」 「……『それに』?」  突如、桃枝の目が死んだように輝きを失くす。 「同い年の奴で、自分勝手な我が儘三昧の馬鹿野郎がいるからな。お前の我が儘なんて、可愛いもんだろ」 「同い年の、自分勝手な……?」 「度し難い方向音痴野郎だよ」 「あー、なるほど……」  まさか黒法師のおかげで、我が儘に振り回される耐性がついているとは。感謝はできないが、山吹としては救われている点なのかもしれない。  桃枝は一度、わざとらしく咳払いをする。それから山吹を見て、小さな笑みを浮かべた。 「とにかく。俺は、お前に振り回されるのは本望だ。お前を悲しませたことは猛省しているが、ヤキモチを焼いてくれたのは嬉しかったぞ」 「……課長って、ホントにデリカシーがないですよね」 「お前が言うならそうなんだろうな」  ポンポンと、頭を撫でられる。随分と優しく、そして愛情深い手つきだ。 「だから、山吹。もう泣くなって。これ以上泣くと、目が溶けるぞ」 「まだ、ムリです。涙が全然、止まんなくて……」 「やめろ、擦るな」  素直に、山吹は目元を擦っていた手を下げる。塗れた瞳をそのままに、山吹はすぐそばに居る桃枝を見つめた。 「ボクの目玉が溶けて、失くなっちゃっても……好きでいて、くれますか?」 「俺はお前の目も好きだが、だからと言って【目があるから】好きになったわけじゃねぇよ。お前がお前でいてくれるなら、変わらず愛してるっつの」 「かちょぉ……っ」  ジンと、胸に響く。山吹はさらに涙を溢れさせて、そのまま……。 「──今すぐ抱いてください……っ」 「──なッ、なんでそうなるんだよッ!」  実に、山吹らしい言葉を口にしたのであった。  突然の誘いに動揺を表しながら、桃枝は山吹と距離を取る。 「そ、それより! 先ずは顔を拭け、山吹! 待ってろ、今ティッシュを──」 「あっ! ……やっ、やだっ!」  ティッシュを取りに立ち上がりかけた桃枝に、山吹は考える間もなく本能的に抱き着いた。 「はな、れ、ないで……くだ、さい……っ」 「……山吹?」  回された腕も、触れた体も、震えている。抱き着いてきたのは、山吹のくせに。 「お前、震えるくらいなら無理してくっつかなくてもいいんだぞ」 「ダメです。ボクのこと、全部赦しちゃったんだから責任取ってください。もう、絶対に捨てさせないですからね。離れてなんか、あげませんからね」 「責任は、その……取るつもりでは、いるんだが。今お前が言ってるのは、たぶん違う意味合いなんだろうな」  渋々、桃枝はその場に座り直す。今は、山吹を抱き締めている方がよっぽど涙を止めるのに効果的だろう。……そうじゃない気もしているが、それでも桃枝は山吹を抱き締め続けた。

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