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 すっかり閉店時間になってしまった定食屋を早々に諦め、二人は山吹の部屋でコンビニ弁当を食べようとしていた。 「外食はまた今度にするから、行きたい所を考え直してくれ。特に思いつかないなら、今日行くつもりだった定食屋でもいいからな」  買ってきたばかりのコンビニ弁当をテーブルに並べながら、桃枝が言う。コップを用意する山吹は、コクリと縦に頷いた。  なんてことない、夕食。特別感の欠片もないメニューを見て、桃枝はどことなく申し訳なさそうだ。 「その、悪かったな。折角の誕生日なのに、こんな感じになって」 「どうして謝るんですか? ボク、嬉しいですよ」 「ただのコンビニ弁当と、申し訳程度のコンビニスイーツしかないだろ」 「どっちも普段から食べないので、ボクにとっては充分すぎるくらい特別です」  普段は自炊している山吹からすると、テーブルに並んだ料理は特別だった。嘘でも世辞でもなく、本心だ。  箸を用意した山吹は、温まった弁当の蓋を開ける。 「ボク、初めてです。誕生日が『幸せだな』って。そう思えたのが」 「俺からあんなに傷つけられて、目が腫れるくらい泣いたのにか?」 「はい」  文字に起こすと、確かに散々な一日だったかもしれない。そのほとんどが山吹の自業自得なのだから、桃枝が気に病む必要もないというのに。  赤くなった目をどうもせず、それでも山吹は笑った。 「大切なことに、気付けたましたから。だから今日はボクにとって、とっても幸せな日です」 「……そうか」  両親のことを、割り切れたわけではない。山吹は今後も、両親を思い出しては苦しむのだろう。こればかりは、すぐに切り替えられる話ではなかった。  だが、数時間前とは違う。両親が掲げていた【愛】を背負ったままでも、引きずったままだとしても。それでも、確実に変わっていた。 「課長とお付き合いできて、ボクはとても幸せ者です。……なんて、あんなに泣き叫んだ後だとウソっぽく聞こえますかね。軽薄に、聞こえますかね」  桃枝からの愛が、嬉しくて。桃枝からの愛を、素直に『欲しい』と言えた。  だから山吹にとって、今日は大切な日なのだ。ようやく山吹は、素直に桃枝を受け止める覚悟を決められたのだから。  桃枝の箸を持っていない方の手が不意に、山吹の頭に伸ばされる。すぐに山吹は、居心地の悪そうな顔を浮かべてしまう。 「いいや。純粋に、嬉しく思うぞ」 「……それなら、良かったです」  しかし山吹はもう、その手を振り払おうとはしなかった。  誰よりも優しい愛情に飢えていて、けれどそれを告げることが許されなくて。捻じれて歪んだ感情を、求めてくれた人がいた。山吹にとって桃枝は、尊い存在だと気付けたのだ。 「今さらだが、言わせてくれ。……山吹。誕生日、おめでとう。二十歳のお前も、愛してるよ」  まだまだ課題が残っていたとしても、桃枝にとって山吹が不釣り合いな男だとしても。それでも山吹は、桃枝の隣にいたい。 「ありがとうございます。嬉しい、です」  そう言っていいのだと、他でもない桃枝が教えてくれたから。痛々しく見える顔でも、山吹は無垢な笑みを浮かべられた。

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