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人の嫌がる顔が好きで、だから桃枝と山吹に執拗なほど絡んできた。蓋を開けると、黒法師という男はそんな人間だったらしい。
そんな趣味嗜好並びに自己満足なんかのために、山吹は振り回されたのか。沸々と湧き上がる怒りを隠そうともせず、山吹は嫌悪感たっぷりに言葉を吐いた。
「ホント、いい性格していますよね。普通、恋人の誕生日にカレシを借りていきますか?」
「明け透けになったなぁ──……って、えっ?」
すると、どういうことだろう。黒法師の目が、キョトンと丸くなったではないか。
黒法師はなにかしらの資料を見て、山吹の誕生日を知ったはず。だからこそ桃枝に『恋人の誕生日も知らないのか』と言い、昨日の事件を引き起こしたのだから。
だというのに、この反応はなんだろう。桃枝にくっつく力を増させながら、山吹は戸惑う黒法師を見上げる。
「山吹君、昨日……誕生日やったの?」
「なんですか、白々しい。知っていて課長を焚きつけたくせに」
「いや、焚きつけたのは確かにそうなんやけど……えっ? 昨日っ? ホンマごめん、それは知らんかった」
「……はいっ?」
パン、と。勢いよく、黒法師が両手を合わせた。
「話の流れと言うか弾みで確かに『恋人の誕生日も知らんのかい』とは揶揄ったけど、えっ? ホンマに昨日やったの? そんな偶然あるん?」
「……えっ。それ、本気で言ってます? 課長はウソがお嫌いなんですよ?」
「コイツを庇うわけじゃないが、事実だ。水蓮は山吹の誕生日を知らないぞ。それらしい書類は渡してねぇからな」
「課長が言うなら、信じます」
「──信用なさすぎるやろ僕」
黒法師は、山吹の誕生日を知らなかったらしい。驚くことに、これが事実だ。
さすがの黒法師にも、思うことがあるのだろう。清々しいほど嫌悪感を剥き出しにされているというのに、眉尻を下げて困ったような表情を浮かべている。
「う、っわぁ……。なんか、ホンマにごめんな? 僕、さすがにそこまで悪辣で外道な男に成り下がるつもりはなかったんやけど……」
十分すぎるほど悪辣で、十分すぎるほど外道だとは思うが。なにやら本気で反省しているようなので、責めるに責め切れない。
「そっか、誕生日やったんやね。一日遅れてしもたけど、おめでとうさん」
「……」
「誕生日を祝ってこんな睨まれることある?」
いくら、故意ではなかったとしても。社交辞令の『ありがとう』も、言いたくない。山吹は桃枝のすぐ後ろに隠れながら、黒法師を睨んだ。
隠すつもりも、必要もなくなった。山吹はジロリと黒法師を睨みながら『桃枝は自分の男だ』と主張し続ける。
「なぁ見てや、白菊。山吹君がむっちゃ可愛い顔で僕を見とる」
「睨んでいるんです」
「そうなん? 怖ないから気付かんかったわ」
「課長、こんな人は放ってボクとデートにでも行きましょうよ」
「ごめんて、助けてや」
一秒たりとも、黒法師に構っていたくない。山吹はグイグイと、桃枝の腕を引く。
そうすると、さすがの桃枝もなにかを察知したらしい。山吹を見下ろし、コクリと頷いたのだ。
ようやく、この男を放置する気になったのか。他の監査士と共に駅へ向かわなかった己が悪いのだと、叱責してくれるだろう。山吹は期待を込めて、桃枝を見上げ──。
「──念のため言っておくが、俺の家族に面白半分で山吹の話をしたって無駄だぞ。俺は年始の帰省で既に山吹のことは話したからな」
「「──えっ」」
相も変わらず、桃枝が鈍いと。気付いたところで、遅かった。
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