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 黒法師だけではなく、山吹にも衝撃が奔る。 「ちょっと、えっ? 課長、なにを言って?」 「お前がアイコンタクトを送ったんだろ。『コイツに見せつけてくれ』って」 「ボクそんなアイコンタクトは送っていないです」  受信失敗。鈍感と天然を組み合わせた桃枝のトンデモ発言により、山吹の顔はみるみるうちに赤くなっていく。  だが、この場にいるのは山吹と桃枝だけではない。黒法師は一度、手のひらを二人に向けた。  熟考すること、数秒。ようやく、黒法師が口を開く。 「……あぁ、なるほど。そう言うことやったんやね。だから僕が年末に聞いたお見合いの詳細を、年始に帰省した白菊は聞いてないんやな」 「どういう意味だよ、それ」 「先手を打ってカミングアウトされたら、絶句してお見合いの話なんてしてられへんやろが」 「なんだよ、その解釈。俺の家は同性とかそういうのに偏見がないんだぞ。いいことだろうが」 「そういう意味の【絶句】とちゃうわ」  なにやら、黒法師は納得したらしい。未だに平然としている桃枝に、軽快なツッコミを入れられるくらいには。  となると、この場で依然として狼狽えているのは山吹だけだ。 「課長、あのっ。ボクのこと、ご家族に話したんですかっ?」 「あぁ、話したぞ。『部下と真剣に交際中だ』ってな。相手が年下なことも、男だってことも全部話した」 「正直すぎますって!」  まさか、知らない間にそこまで話されていたとは。友人一人にカミングアウトされるぐらい、可愛い話ではないか。  そっと、山吹は桃枝から距離を取る。唐突に恥ずかしさが胸を締め、くっついていられるような精神状態ではなくなったからだ。 「もう離れるのか?」 「離れますよ、バカ……っ」 「昨日からお前は俺のことを蔑みすぎじゃねぇか?」 「だって、ご家族に話すなんて。そんなの、まるで……っ」  交際を越えた関係性を、示唆されているようで。山吹は俯き、二人からプイッと体を背けた。 「とっ、とにかくっ! 話が脱線してしまいましたが、黒法師さんを駅までお送りしましょうっ!」 「あっ、ええの? おおきにーっ」 「ただし! 課長にガソリン代と手間賃は払ってください!」 「しっかりした子を彼氏にしたなぁ、白菊?」 「だな」  今は、保留にしよう。両親に存在を明かされただけで、なにも紹介をされたわけではないのだ。山吹はそそくさと、桃枝が車を停めた地点まで歩き始める。  分かっていたようで、分かっていなかった。桃枝がどれだけ、山吹に対して本気なのかを。図らずも知ってしまい、山吹は気持ちの整理がつけられなかった。  自分はまだ、桃枝に言葉を返せていないのに。それなのにどんどん、桃枝は先に進んでいってしまっている。 「山吹、待て。そんなに急ぐと転ぶかもしれねぇだろ」  隣に並び、桃枝は厳しい表情を向けてきた。山吹は顔を上げて、すぐにその仏頂面を見つめる。  早く、早く。この人に、自分の気持ちを……。 「なに見つめ合っとるん? せめて、僕を送ってからイチャついてくれへん?」 「見世物じゃないです」 「山吹君の嫌そうな顔、ホンマそそるわぁ~っ」  こうして焦ってしまっているのも、まさか黒法師の術中なのか。八つ当たりのようにそんなことを考えながら、山吹は助手席の扉を開いた。

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