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 三人が駅に向かうべく車に乗ってから、十分ほど経った頃。 「山吹君、ぐっすり眠っとるなぁ。昨晩はそんなに盛り上がったん?」 「お前には関係ないだろ」  助手席で、山吹は静かに眠っていた。  昨晩の山吹は、感情を爆発させて疲れていたのだろう。揺れる車に睡魔を誘われても、仕方がない。  後部座席に座る黒法師は身を乗り出して山吹の寝顔を見つめた後、真っ直ぐと前を向く桃枝の横顔を見た。 「酷いなぁ。僕はただ、セクハラを受けて困る白菊の顔が見たかっただけやのに」 「興味本位で訊かれるよりもタチが悪いじゃねぇか」  会話が、ひとつ終わる。身を乗り出していた黒法師は、笑みを浮かべたまま後部座席の背もたれに体重を預けた。  すると、唐突に。 「──なぁ、水蓮。お前、人を好きになったことってあるか?」  桃枝が、あまりにも【らしくない】問いを投げた。すぐに、黒法師は目を丸くする。 「えぇーっ? なんやの、いきなり。もしかしなくても恋バナやろ、それ? 白菊がそんな──」  こっぱずかしい話題を提供してきた桃枝を、揶揄ってやろう。そんな心理で、黒法師は口を開いた。  車は今、赤信号で停まっている。つまり、ルームミラー越しに桃枝と目が合う可能性があるということだ。黒法師は顔を上げ、ミラーに映る桃枝を見ようとして……。  ──その真剣な眼差しに、すぐさま射貫かれてしまった。  ただ黙って、返事を待っている。茶化した様子もふざけた様子も、ましてや照れた様子もない。桃枝はただ純粋に、黒法師からの返事を待っているのだ。 「……ないなぁ。人を、好きになったことなんか。きっと僕は、そういうのがずっと分からんままやろね」  そんな目を向けられて茶化すほど、黒法師は狂った男ではない。ミラーから目を背け、黒法師は口角を薄く上げた。 「僕が嫌がらせ好きな男やって知ってるくせに、隠さないんやね。好きな子がおるってこと」 「あぁ」 「なら、白菊の口からちゃんと聴かせてや。……その相手は当然、山吹君やろ?」 「あぁ」  黒法師は再度、背もたれに体重を預ける。今度は、どっしりと。 「僕な、山吹君が白菊を騙しとると思っとったんよ。せやから、初対面やったけど必要以上に虐めてしもた。僕に好きな子はおらんけど、こう見えて僕は友達想いな男やからね」 「随分と嘘くさい言葉だな」 「嘘は吐かんよ。白菊、嘘は嫌いやろ。せやから、嘘は吐かん」 「……そうだな。お前は、なんだかんだでそういう男だったな」  珍しく、揶揄いが混ざっていない。そう気付いた桃枝は、静かな声で相槌を打った。  声を抑えているのは、隣で山吹が寝ているから。桃枝の考えに気付いている黒法師は、まるで倣うように静かな声で続きを語る。 「白菊のことで揺さぶりをかけると、山吹君はえらく動揺しとった。あの子、いろいろと隠すのが上手やけど……白菊絡みやと下手くそやな? もう、面白くて面白くて」 「山吹がか? それはさすがに嘘だろ」 「嘘やないって。だって僕、それで山吹君を気に入ったんよ。『子犬みたいで可愛いなぁ』って。虐め甲斐があって、気に入った。だから、つまらん矜持を剥ぎ取りたくなったんや」  ニコリと、黒法師は笑みを浮かべる。  黒法師が浮かべた笑顔をミラー越しに見た桃枝は、すぐに眉間の皺をより深く刻んだ。 「クソお節介でクソ迷惑な奴だな」 「ひっど!」  侮蔑を表す言葉で、ありがた迷惑だと伝えながら。

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