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目的地に着くと、車はゆっくりと停車した。荷物を手に取り、黒法師が後部座席から降りる。
「それじゃあ、おおきに」
「あぁ。さすがに、電車に乗った後は知らねぇからな」
「まっ、なんとかなるやろ。今までだってなんとかなってきたんやからな」
その通りではあるのだが、不安だ。桃枝の強張ったような表情が、睨みと共に黒法師を見る。
運転席の窓を開け、桃枝は黒法師を見送ろうとした。桃枝からの視線に気付いた黒法師は一度、立ち止まる。
「じゃあ、お幸せに」
ただの揶揄いか、本心なのか。込められた意図を読み取らせないまま、黒法師は笑みを送って歩き出す。
見覚えしかないその背を見て、桃枝が不意に、口を開いた。
「水蓮」
呼び止められた黒法師は、すぐに歩みを止める。そのまま『どないしたん?』と訊ねようとするが──。
「──山吹は渡さないぞ」
予想外の宣言に、黒法師は唖然としてしまった。
「……いや、なんやの、それ。別に僕、山吹君のこと【そういう意味】で気に入ったわけやないのに」
「それは、分かっちゃいるんだが。……なんで、だろうな。今、そう言わなきゃいけない気がしたんだよ」
「変な男やね」
気を取り直した様子で、黒法師は片手をヒラリと振る。その手になにを返すでもなく、桃枝は運転席の窓を閉めた。
振り返らずに、黒法師は歩く。時計を確認し、頭の中にはこれから乗る電車の名前を描いて……。
「真っ直ぐ射貫くのは、学生の頃から変わらんなぁ」
通行人の誰に言うでもなく、言葉を零した。
難なく駅に入り、慣れた様子で乗車の準備を終えていく。黒法師は駅のホームに向かいながら、ポツリと呟いた。
「確か……山吹君に教えた僕の好きなタイプは『優しいくせに不器用で、だからうまく立ち回りができなくて。残念で、分かり易くて、だからこそ揶揄うと面白い子』やったっけ」
反芻し、黒法師は笑う。
「──残念やなぁ。山吹君、かなり好みやったんやけど……」
どこか、自嘲的な色を浮かべた笑みで。
* * *
黒法師が車から降りて、数分後。
「……んっ」
助手席で眠っていた山吹のまぶたが震えると同時に、喉の奥から小さな吐息が漏れ出た。
「起きたか、山吹」
いち早く、桃枝が山吹の起床に気付く。どこかぼんやりとした様子でゆっくりと瞬きをしながら、山吹は桃枝を見つめた。
「あ、れ……課長? なんで、ボクの部屋に……?」
「残念ながら、ここは俺の車の中だ。そして、駅の駐車場でもある」
「駅の……?」
どうやら、寝惚けているらしい。桃枝がそう気付き、しかしあえて言葉にはしない中、ゆっくりと現状を思い出していく山吹は唐突にハッとした。
「黒法師さんはどこですかっ!」
「お前、本気で水蓮が嫌なんだな」
「当たり前です! そもそも、人を虐めるのが好きな人なんてどうかしているじゃないですか!」
少し前まで『酷くして』と言っていた男が、いったいなにを。無論、桃枝はそうツッコミを入れなかった。
「アイツならもう電車に乗ったぞ。もう当分、会うことはないだろうな」
「……なぜでしょう。あの人なら『迷子になったわぁ』とか言って、監査関係なく街中でばったり会いそうです」
「やめろ、否定しきれない」
散々な言われようだが、そう思わせるだけの根拠が揃っているのだから仕方がない。さすがの桃枝も、友人をフォローできなかった。
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