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 飲み物が揃い、四人は各々が頼んだグラスを手にする。 「それじゃあ桃枝課長、号令をお願いします!」 「ブッキーちゃんのためにここはひとつ!」 「って言われてもな。あー……。山吹、二十歳の誕生日おめでとう。乾杯」 「「かんぱぁ~いっ!」」 「かっ、カンパイ、です」  何度言われても、慣れない言葉。『おめでとう』と言われた山吹は酒を飲む前だというのに、頭の中がフワフワしてしまいそうだった。  グラスを合わせてから、酒を一口。山吹が飲んでいるのは、ソルティドッグだ。 「どう、ブッキー? 初めてのお酒は?」 「お塩がジャマな気もしなくもないような……そんな感じ、です?」 「ブッキーちゃんらしい感想ねぇ」 「でも、おいしいです。それに、苦くもないので飲みやすいです。ありがとうございます、課長っ」 「いや、俺はなにも」  喜ぶ山吹を見て、桃枝はそっと目を細める。その目は『酒を飲んで喜ぶお前も可愛いな』と言いたげだが、気付いているのは山吹だけだろう。  だからあえて、山吹はもう一度ニコリと笑ってみせた。ウーロン茶を飲む桃枝が「んぐッ」とむせる姿を見るためだけに。  そんな桃枝と山吹を眺める先輩二人が、ニマァ~ッと口角を上げた。 「ブッキーって、本当に桃枝課長のことが大好きなんだなぁ~?」 「いつもニコニコしてるけど、桃枝課長に対しては笑顔の質が違うわよねぇ~?」 「確かに! いつもは『ニコッ!』って感じだけど、桃枝課長に対しては『ニパッ!』って感じだよな!」 「そうそう! 懐いている感が滲み出ているのよね、顔から! 分かるわぁ~っ!」  なるほど、分からない。山吹は口角を上げたまま、先輩二人の評価を聴く。  しかし言われてみると、そうかもしれない。桃枝に対して向ける笑顔は、普段の浮かべ慣れた仮面のようなものとは違う気がする。山吹はチビチビと酒を飲みつつ、桃枝を見上げた。 「ボク、課長に懐いているんですって」 「随分と他人事な言い方だな」 「他人からの評価なので」 「本人たちを前に随分な言い草だな」  決して、周りの職員を嫌っているわけではない。しかし『懐いているのか』と問われると話が変わる。桃枝のように長時間共に過ごしたいかと問われると、答えが良くないものになるからだ。  だが、そこまで自分は分かり易いのか。山吹は一度、自らの頬をふにっと引っ張った。  すると、その時。 「──ところで、ブッキーちゃんって好きな人とかいるの?」  女の先輩が空になったジョッキを片手に、山吹を見つめたのだ。 「すっ、好きな、人……っ?」  ブワッと、山吹の頬に熱が溜まる。即座に山吹の顔は赤くなり、酔いとは違う理由で調子を狂わせ始めた。  この話題は、いけない。山吹にとって今現在、最もホットな話題だからだ。 「うっ、えっと。いや、そのっ。ど、どう、でしょうねぇ」  気まずくて、言葉が出なくて。山吹は握っていたグラスを空にすることしかできなかった。  その反応が、どうやら先輩たちを喜ばせたらしい。静観していたもう一人の先輩も、ニタリと楽し気に笑った。 「じゃあ、桃枝課長はどうですか? 好きな人とかいますか?」 「俺?」  予想外なことに、話題が桃枝に飛び火するなんて。山吹はグラスを空にした後、堪らずギョッとしてしまった。

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