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おそらく、桃枝は山吹に視線を送ったのだろう。先輩二人が、嬉しそうに瞳を輝かせる。
ちなみに桃枝が山吹に視線を向けた意味は『山吹がこの手の話題を苦手としている』という意味なのだが……。生憎と、周りは『俺の好きな人はコイツだが?』という意味で捉えた。
「いや、俺には好いた相手なんて──」
ゆえに、桃枝の返事がこのまま続けば『隠した』と思われたに違いない。実際は『山吹のために話題を収束させようとした』という意味合いでの隠蔽なのだが。
嘘を嫌う桃枝が、嫌悪する行為を選ぶ理由。自分の不快感よりも、山吹の不快感が天秤で傾いたからだ。
桃枝は、山吹のために話題を終わらせたかった。純粋な善意と愛情だ。
しかし──。
「──えっ」
すぐに、山吹の顔色が青くなる。表情の温度差で風邪を引くのではと心配になるほど、見事な青ざめ方だ。
二人が交際中なのは、秘密。尚且つ、桃枝は山吹から好意を向けられていないと理解している。ここで『俺の好きな奴は山吹だ』とは、言えない。互いにとって、なんのメリットもないからだ。
だが、山吹の顔を見ていると……。
「……。……あぁ、いや。好いている相手は、いる、な。あぁ、うん」
桃枝の答えは、自然とこちら側に傾いてしまった。
周りは、なんとなく察する。桃枝は絶賛山吹に片想い中で、その想いを隠しているのだろうと。
そうなれば、酒の席ということもあり先輩たちは【追撃】を選ぶ。
「えぇ~っ? これはまさか、もしかして~?」
「桃枝課長の好きな人って、ブッキーちゃんも知ってる人~?」
「えっ?」
こうなると、酒が入った先輩方の矛先は山吹となる。自然な流れだろう。
普段は避けてばかりの相手だと言うのに、酒とはなんと力強いのだろうか。桃枝の恋愛を応援し始めた二人に、山吹はたじろいだ。
「し、知ってる人、では、あります……か、ね。はい」
「そうなのっ?」
「じゃあさ、じゃあさっ! 桃枝課長の好きな人って、ブッキーちゃんから見てどんな人?」
「えっ! ボクから見て、ですかっ?」
再度、山吹の顔が真っ赤になる。この手の話題には耐性があったはずだが、どうしたことだろうか。
山吹は先輩たちから視線を外し、空になったグラスを見つめる。そのまま、ポツポツと言葉を紡いだ。
「素直じゃ、なくて。見た目はいい感じですけど、性格と性癖と思想が人間としてサイテーです」
「「うんうんっ」」
「見た目はとてもいいんですけど、むしろ外見しかいいところがないと言うか。もしも課長が中身を知ったうえで好きなら、正直に申し上げて課長のシュミはサイテーです」
「「……うん、うん?」」
「幸せになりたいなら、課長は今すぐその相手を見限るべきですね。本気で、課長にはなんのメリットもない相手ですから。その人以上にイヤな人を、ボクは知りません」
「「……うんっ?」」
あまりにも、散々な評価。山吹の感想を聴く二人は、徐々に表情を強張らせていった。
それでも、山吹は止まらない。
「でも、その人は性格がサイアクなので。課長が好きなのを止めたら、なにをするか分かりませんね。……ホント、サイテーな人なので」
先輩たちは、理解した。
──桃枝の好きな相手は、山吹ではない。そう思うしか、なかった。
「桃枝課長。その、なんと言いますか……」
「頑張って、くださいね……?」
この世のストレスを煮詰めたような、究極形態。しかし魔性の、美女。
自分勝手で、超級に面倒くさいメンヘラ。しかし捕らえた獲物は決して逃がさず、ゆえに厄介なファムファタール。
桃枝の好きな人は後日、そう語り継がれることとなった。
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