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 なぜかその後【恋愛トーク】は一切せず、なんとも健全な会話ばかりが繰り広げられた。  日常生活の話題や、趣味の話題。仕事に関する真面目な話題が始まったかと思えば、食の好みに対する緩い話題に変わり……。山吹にとっては、あまり経験したことのない時間を過ごした。  その中でも驚いたのは、桃枝のトーク力だ。山吹からの返答が難しい話題になると、桃枝が下手ながらもサポートをしてくれた。おかげで山吹は一度も、笑顔を絶やさずに済んだ。  そうして穏やかながらも賑やかな時間を過ごし、宴もたけなわとなったところで……。 「「桃枝課長、今日はありがとうございましたっ!」」  飲み会は、無事に閉会。頑なに部下からの支払いを威圧的に──もとい、穏便に拒絶した桃枝の奢りに対し、先輩たちが頭を下げているところだ。  ……ちなみに、山吹はと言うと。 「お外の風が、気持ちいいですねぇ」  泥酔とまでは言わないが、一人で立つのが難しい程度には酔っていた。桃枝の腕にもたれかかっているのが計算ではないという点が、その証拠だ。 「別に、気にするな。お前たちの輪に入ったのは俺だしな」  桃枝は酔った山吹を支えつつ、部下たちに頭を上げるよう伝えた。  現在、桃枝専用翻訳機は頼りにならない。にへらと笑う山吹を一度だけ眺めた後、桃枝は顔を上げて部下たちを見た。 「……今日、は。今日は、その、なんだ。邪魔して、悪かったな」  桃枝の言葉を受けた部下たちは、すぐに言葉を挟もうとする。  しかし……。 「──俺は、その。部下との飲み会は経験が少なくて、お前たちに楽しい時間やら笑える話題やら、そういった類のなにかを提供できた気はしてねぇ。……が、つまり、なんだ。それでも俺は、今日お前たちと過ごした時間が……楽しかった、ぞ」 「「──桃枝課長……っ!」」  翻訳がなくても分かるよう、尽くされた言葉。二人がジンと感動するのは納得だろう。  すぐに二人は、桃枝の手をガシッと握る。互いが片手ずつ、だ。 「今度また、飲みに行きましょう! 桃枝課長も一緒にっ!」 「そうですよっ! これからたくさん経験しましょうっ!」  なんならこのまま、二次会に。二人がそう、続けようとしたものの──。 「──なんでだよ。お前たちは仲のいい奴と飲みに行けばいいだろ」 「「──あれぇっ?」」  翻訳すると『気を遣わなくていいから、好きな相手と好きなように楽しんだらいい』という、これまた善意百パーセントな言葉なのだが……。 「課長? お顔、怖いですよ?」  酒に酔い、頭の中がフワフワとした状態の山吹は翻訳を口にできなかった。  ガガンとショックを受けた二人は、桃枝にペコリと頭を下げる。そのまま二人は、二次会の会場へと向かってしまった。  居酒屋や近くの店から聞こえる賑やかな音を聞き流しつつ、山吹は桃枝を見上げる。視線の先にいる桃枝は「俺はまた、なにかを間違えたのか?」と呟いていた。 「ね、課長」 「ん? なんだ、吐きそうなのか?」 「そうじゃなくて。……課長はボクのこと、好きですか?」 「あぁ、好きだぞ。知ってるだろうが」 「……ふぅん」  桃枝の指摘通り、知っていたことだ。山吹は自らの手をキュッと握り、俯いた。 「ボクは、課長のこと。……課長のことが、そのっ」  アルコールに任せて、このまま言えたなら。震える唇で、続く言葉を。  山吹が勢いに任せて言葉を紡ごうとすると、突然、桃枝に頭を撫でられた。 「いいぞ、山吹。そういう言葉は、無理して言うもんじゃねぇからな」 「か、ちょう……っ」  無理なんかじゃ、ない。咄嗟にそう言えたら、どれだけ良かったか。  しかし、そう言えるほど酔ってはいない。山吹は桃枝に支えられてはいるものの、理性はしっかりと残っているのだ。 「俺のことを喜ばせようとでもしてくれたのか? だとしたら、お前は可愛い奴だな」  どうして、好きな人を隠蔽されかけただけであんなにも心が寒くなったのか。分かり切っている問いをすぐに思考の彼方へ放り込み、山吹は桃枝をもう一度見上げ直す。 「課長。この後まだ、時間はありますか? 課長さえ良ければ、このまま……二人で飲み直したい、です」  もたれかかって、遠回しに『まだ離れたくない』と甘えている。これだけでも山吹にとっては、大きな行為なのだが。……酔いのせいには、できそうになかった。

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