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 全力の、拒否。分かり易いほど動揺してはいるものの、桃枝には山吹が表す【分かり易さ】が分からなかった。  だからこそ、桃枝は「そうかよ」と相槌を打つ。そして……。 「──けど、俺は妬いたぞ」 「──へっ?」  分かり易いどころではなく、直球に。 「──お前が、初めて酒を一緒に飲む相手。てっきり、俺を選んでくれると思ってたんだがな」  桃枝は、自らの【嫉妬】を打ち明けた。またしても、山吹は硬直してしまう。  まさか、桃枝がそんなことを考えていてくれたなんて。予想どころか想像もしていなかった発言に、山吹の頭にはグルグルと言葉がひしめいてしまう。  嬉しい。謝らなくちゃ。ヤキモチを焼いてくれた。弁明をしなくては。早く気持ちを伝えたい。ごめんなさい。……分けてしまえば、山吹の頭には【喜び】と【罪悪感】という二大勢力が戦いを始めていた。 「あっ、う、うぅ……っ」  どうにかして、なにかを伝えなくては。言葉はおろか感情すらまとめられない山吹は、桃枝から視線を外す。  そして、視界に映ったもの──飲み始めたばかりの缶チューハイを見て、山吹は素早く手を伸ばした。 「はっ? おい、山吹!」  桃枝が驚いた様子で声を荒げるのも、当然だろう。缶チューハイを掴んだ山吹は、残っていた中身を一気にグイッと飲み干したのだから。  桃枝はすぐに、山吹へと未開封の緑茶を手渡す。 「馬鹿、山吹。そんな無理して飲ま──」  桃枝がペットボトルを開けるのと、山吹が空き缶をテーブルに押し付けるのと──。 「──ボクの課長なんです」  山吹が桃枝の言葉を遮ったのは、同時だった。 「……は?」  空き缶をテーブルの上に、半ば叩きつけるように置いている。それでも空き缶から手を放さない山吹は、戸惑う桃枝に目を向けられないまま、俯いた。 「課長は、ボクのことが好きなんです。だから、他の人がなにをしたってムダなんですよ。課長が好きなのは、ボクなんですから……っ」 「や、山吹?」 「なのに、なのに……」  視界が、じわじわと潤んでいく。このまま俯いていては、涙が溢れてしまうかもしれない。そう気付くと同時に、山吹は顔を上げたのだが……。 「──課長の、浮気者ぉ……っ」  顔の向きは、あまり関係がなかった。  ブワッと涙を溢れさせる山吹を見て、桃枝はギョッとする。 「うわ、き? おい、俺がいつそんなことをしたんだよ。っつぅかお前、なんで泣いて……はぁっ?」  状況が、全く分からない。それでも桃枝は急いでティッシュを探し、山吹の瞳から溢れる涙を拭おうとした。  それでも、一度溢れた涙は止まらない。山吹はまるで感情のダムが決壊したかのように、桃枝を責め始めた。 「今日は先輩たちにデレデレしていました! この前だって黒法師さんにデレデレしていましたっ! 課長は気が多いですっ! ばかっ、ばかっ! 天然たらしーっ!」 「それは事実無根だ! 俺はお前以外を相手にデレデレなんかしない!」 「うわぁんっ! 浮気者っ、ばかーっ! 弓道部の先輩が好きだったくせにぃっ!」 「それも事実無根だ! 確かに憧れたが、それはあくまでも人としてだぞ! 恋愛感情は皆無だ!」 「ひうっ、ぐすっ。……ホント、ですか?」 「本当だ! 他でもないお前自身に誓う!」 「──じゃあ、ボクに『愛してる』って言ってください……っ」 「──お前の笑顔が見られるなら何度でも言ってやるからいくらでも強請れッ! 世界で一番愛してるぞッ、山吹ッ!」  なんて馬鹿げた告白なのだろう。数秒後、桃枝がそう気付いたところでなにもかもが遅い。  しかし、それでも良かった。 「世界で、一番……っ。……ん、へへっ。へへぇ~っ」  愛した男が、笑っている。それだけでもう、なんでもいい気がしたからだ。

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