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 それから、数分後。桃枝は深い深い自責の念に苛まれていた。  なぜなら……。 「──課長、やらぁ~っ。ボク、まだお酒飲むぅ~っ」  ──完全に、山吹が泥酔してしまったのだから。  これはさすがに、飲ませ過ぎた。止められなかった自分を内心で叱責しつつ、桃枝は残っていた缶チューハイを山吹から奪う。 「駄目だ、山吹。これ以上は没収だ」 「お酒、めっ?」 「──くッ!」  山吹が、小首を傾げている。正直に言うと、桃枝にとってはかなりドストライクな仕草だ。堪らず、桃枝は悶えた。  しかし、ときめいている場合ではない。なんとか穏便に、山吹からアルコールの類を奪わなくては。桃枝は缶チューハイを没収した姿勢のまま、顔を山吹へと向け直した。 「……めっ、だ」 「め、なの? ……課長の、ケチ。ふんっ! 課長なんてもう知りません!」 「──くッ!」  なかなかどうして、愛らしい。桃枝は再度、悶える。  いつもはヘラヘラとした心の読めない笑みを浮かべ、しかし堂々とした態度で日々を過ごしている山吹が。  桃枝に優しくされると気まずそうな顔をして、年齢以上に大人びた印象を振りまいている山吹が……今は、どうだろう。 「ねぇ~、課長ぅ~っ。お酒、もう一杯だけぇ~っ。……ねっ、お願いっ?」  あの山吹がまさか、こんなにもベタベタな甘えん坊になるとは。常日頃【山吹を可愛がりたい精神】な桃枝からすると、棚ぼた展開どころの状況ではなかった。  酔っ払ったときの姿こそ、その人間の本質。どこかで得た情報が、桃枝の脳内で再生される。  つまり【理性】というリミッターを外したこの姿こそが、山吹の本性なのだろうか。  ……だとすれば? 桃枝の口から思わず出てくる感想は、この一言だ。 「──あぁクソッ! お前は本気で可愛い奴だなッ!」 「──わぁ~いっ」  缶チューハイをテーブルに置き、乱暴と思えるほどの手つきで頭を撫で始める。桃枝の表情と口調はどこまでも厳しいが、テンションはうなぎ上りだ。  状況がよくは分かっていないものの、桃枝が頭を撫でてくれている。山吹は両手を上げて、笑みを浮かべて喜びを表現した。  いつもの山吹ならば身を引くか、若しくは桃枝の手を払い落とすくらいするのだが……今の山吹は、桃枝からのスキンシップに素直すぎるほど喜んでいる。  しかし突然、山吹はキリッと表情を厳しくした。 「でもですよ、課長? ボクのこと、あんまり甘やかしたらダメなんですからねぇ?」 「うっ、そうか。分かった、気を付ける」 「えっ。『分かった』?」 「あぁ。分かった」 「──ちょ、ちょっとくらいは甘やかしてもいいんですよぉ?」 「──お前は本気で面倒な奴だな」  しかし可愛い。桃枝はもう一度、両手で山吹の頭を撫で始める。  今の山吹から推測するに、どうやら今までも山吹は、桃枝からの甘やかしを本気で嫌がっていたわけではないのだろう。むしろ、喜んでいたのかもしれない。あくまでも、桃枝の推測だが。  酔っている山吹を見ていると、桃枝の心に【欲】が滲んできた。ボサボサと乱れた山吹の髪を整えつつ、桃枝は口を開く。 「なぁ、山吹。……俺のこと、好きか?」 「課長の、こと?」  ぽやんと、どこか遠くを見ているような目。山吹のとろけきったような、それでいて据わっているような目を見て──。 「ボクは、課長のことが──んぐっ」  ──開かれた山吹の口を見て、桃枝は咄嗟にその口を押さえた。 「……悪い、山吹。こんな状態のお前に、言わせることじゃないよな」  問われたのに、答えようとした途端、口を塞がれて。ついさっきまでは嬉しそうに喜んでいたのに、今はとても、悲しそうで……。桃枝になにが起こったのか、山吹には正しく分からない。  しかし『悲しそう』ということだけは、より強く分かった気がして。 「課長、いい子、いい子です……」  どうしてか、山吹は一生懸命に桃枝を慰めたくなった。

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