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 その後、桃枝は必死に山吹を介抱した。水を与え、歩ける状態にまで回復した山吹の洗顔や歯磨きを手伝い……それはもう、必死に尽くした。  桃枝の努力が、実を結んだのだろう。桃枝の中で邪な下心が芽生える間もなく着替えを手伝われた辺りから、ようやく山吹は素の自分を少しずつ取り戻していったのだから。 「お手を煩わせてしまい、すみません……」 「いや、謝るのはこっちだ。飲ませ過ぎて悪かった。吐き気はないか?」 「はい、大丈夫です」  アルコール度数の低いものばかりを飲んだからだろうか。今になると、山吹は【アルコールを摂取したという状況に酔っていた】ように思える。当然、桃枝には言えないが。  それでも、失態を見せたのには違いない。山吹は寝間着に着替えた後、頬を膨らませながら桃枝を見つめた。 「今度は、課長が酔いつぶれてください。ボクだけが失態を晒すなんて、耐えられません」 「なんだよ、俺を酔わせてどうしたいんだ? ……いや、逆か?」 「『逆』って、どういう意味ですか?」  桃枝の腕が、山吹の体を突然抱き上げる。そうされると必然的に、桃枝の顔が近付いて……。 「──酔った俺に、どうされたいんだ?」 「──っ!」  至近距離で、囁かれた問い。山吹の頬は、即座に赤くなった。  たかが、ベッドまでの移動を補助されるだけ。山吹を抱き上げた桃枝の真意なんて、それだけだ。そうと分かっていても、山吹の鼓動はドキドキと忙しなく高鳴った。 「ば、ばかっ。課長、パワハラの次はセクハラですかっ? 良くないですよ、まったくもう」 「セ、セクハラっ? 嘘だろ、俺は今お前にそんなことをしたのかっ?」 「しました。バカ、エッチ、むっつりさん」 「そこまで言うか……」  誤魔化すように悪態を吐いている間に、山吹はベッドの上に体を下ろされる。 「とりあえず、ほら。もう寝ろ、山吹。そろそろ限界だろ」 「そんなこと……」  ベッドにゆっくりと倒されると、抵抗の言葉が上手に紡げない。確かに今、少しずつ山吹に睡魔がやってきたのだから。 「ペットボトル、念のため枕元に置いておくからな」 「待って、課長。ボクまだ、眠くなんて……」 「嘘吐くな。目、ちゃんと開いてないぞ」 「……っ」  頬を撫でられると、心地良さでさらに目が細くなってしまう。まんまと桃枝の策略に乗せられたようで不服だが、こうなってしまっては睡魔に抗えそうもない。  うつらうつらと入眠し始めている山吹を見て、桃枝は薄く口角を上げた。 「それじゃあ、俺は帰るからな。鍵は前回同様、郵便受けから落とすぞ」 「んぅ」 「くッ、可愛い──じゃなくて。見送りはいいから、しっかり寝てろよ。ベッドから落ちるなよ」 「んーっ」 「──くッ!」  何度目か分からない悶え方をしつつ、桃枝は山吹の頭をポンポンと撫でる。 「コホンッ! ……じゃあな、山吹。おやすみ」 「んっ。おやすみ、なさい」  山吹からの挨拶を受けた桃枝は、その場からすぐに立ち上がる。そして、玄関へ向かおうとして……。 「……あぁ、そうだ」  一度だけ、立ち止まった。 「──明日のデート、忘れないでくれよ」  それだけ言い残した桃枝は、今度こそ寝室から立ち去る。そのまま桃枝は、アパートを後にしたようだ。証拠に、鍵が落とされる音が聞こえたのだから。  返事もできないまま、山吹はゴロゴロとベッドの上で寝返りを打つ。そのまま山吹は、すやっと、穏やかな呼吸を始める。  ……。……最後に、桃枝がなにかを言っていた気がする。山吹は薄れゆく意識の中、桃枝から送られた言葉を脳内で反芻して──。 「──デートッ!」  ガバッと、勢いよく起き上がった。  ……そう、明日は四月二十九日。つまり、祝日。  ──そして、桃枝とデートをする日だ。 7.5章【人は知らずに裁き、神は知って罰する】 了

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