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それから、通話を終えて。
「──うわぁあ~っ! やった、やった! デートのお誘いだ~っ!」
山吹はみっともないくらいに、はしゃぎ始めた。
スマホを抱いたまま、ぴょんぴょんと跳び跳ねる。この光景を見ればきっと、桃枝も大はしゃぎするだろう。それほど、山吹は分かり易く浮かれていた。
「課長からデートのお誘いだっ。デートっ、デート……んんっ? これって、デートっ? デートってなにっ? デートって映画なんですかっ、映画がデートなんですかっ! うわぁ~んっ、課長ぅ~っ!」
明らかに、情緒不安定。山吹は通話を終えたばかりのスマホを眺め、届くはずもないのに桃枝へ向けて叫んだ。
情けない山吹の顔を反射しているだけのスマホは、なにも答えない。分かり切っていた結果に、山吹はしおしおと意気消沈していく。
「デートで映画、か……」
不意に、山吹は桃枝と過ごした【初めてのデート】を思い出す。
あの日、確かに山吹は桃枝と映画を見た。それがデートコースとして妥当だと思い、尚且つ自然だと思ったからだ。
しかし、あれは『デート』と呼んでいいのか分からないほど打算と下心にまみれていた。実際問題、山吹がデートコースとして【映画館】を選んだ理由だって『都合が良かったから』だ。
「あの日は確か、課長のことをもっと知ろうと──暴こうとして。それでわざと、テンションの上がらない映画を選んだんだっけ……」
思い返すだけで、嫌になる。なんて最低で、酷い理由だったのだろう。
桃枝の気持ちが受け入れられなくて、それでも知りたくて、否定したくて、信じる気はさほどなくて……。ただただ悔しかったという結果に終わったデートを、思い出す。
「同じ場所でも、こんなに違うんだ。あの日と、今のボクだと」
気持ちが弾んで、早く火曜日になればいいと思っている。
しかしそれと同じくらい、申し訳ない気持ちも湧いてきた。思い返せば思い返すほど、山吹は桃枝にしてきた仕打ちの数々がどれだけ劣悪だったのかと、自己嫌悪してしまうからだ。
遅すぎる後悔に、山吹はため息を吐く。床に寝転がり、山吹は意味もなくスマホを眺めた。
「課長、よくボクのこと……嫌いに、ならなかったよね」
これからも、なんて。そんなこと、保証はされない。山吹は現在進行形で、自分の悪い部分を思い知っているのだから。
桃枝がいつか、山吹を好きではなくなる未来。『そんな未来は来ない』などと、誰が言えるだろう。少なくとも、絶賛自己嫌悪中の山吹には言えなかった。
それでも、山吹には言えることがある。それは、主役を【山吹】に置き換えた場合の過程だ。
「ボクが、課長を嫌いになる未来は……」
すぐに山吹は上体を起こし、フルフルと首を横に振った。
「ダメダメっ。マイナス思考ばっかりしてるから、ボクはずっとイヤな男のままなんだぞ。これからはもっと、課長に相応しい男になるんだ。カワイイだけじゃなくて、こう……そう! 課長をお尻で抱いちゃうくらいの、すっごくカッコいい男に!」
強引にポジティブ思考へ変換したせいか、迷走している気がしなくもない。薄々自覚しつつも、山吹はグッと拳を握った。
「そうと決まれば、デートに着ていく服を決めよう!」
気合いを入れた山吹はふと、スマホを見る。時刻は既に、日付の変更を訴えていた。
「……と、思ったけど。先ずは寝なくちゃ」
楽しみ過ぎて寝不足になり、顔色が悪いなんて耐えられない。いつだって、山吹は桃枝にとって一等素敵な男になりたいのだ。
デート当日までは、まだ数日ある。今から睡眠を怠るわけにはいかないと、山吹は急いで就寝の準備を始めた。
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