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 待ち合わせ場所は、普段と変わらず山吹が暮らすアパートから最も近いコンビニだ。 「ちょっと、早く来すぎちゃったかな」  遅れてしまわないようにと小走りで来たのだが、どうやら時間には余裕があったらしい。山吹はスマホで時刻を確認し、意味もなく空を見上げた。 「初めてのデートは、わざと遅れて向かったのになぁ……」  たった数ヶ月で、こんなにも人は変わるのか。自分のことだというのに、妙な感慨だ。空から視線を外し、山吹は内心でしみじみと頷いた。  桃枝が来るとすれば、方向は……。桃枝の車を待ちながら、山吹はジーッと駐車場を眺めた。  ……その時だ。 「ねぇ、そこのキミ」 「……」 「あれっ? ねぇったら、そこの可愛いキミ」 「……えっ?」  まさか、自分のことか。肩をトンと叩かれた山吹は、聞き覚えのない声に向かってそっと振り返る。  視線を向けると、山吹を呼んでいたらしい男は上機嫌そうに笑った。表情から察するに、やはりこの男は山吹を呼んでいたようだ。 「うっわ、後ろ姿だけじゃなくて顔も可愛いねっ? ねぇ、良ければ一緒に出掛けない?」  いきなり、なんだろう。山吹は作り慣れた笑みを浮かべて、一先ず半歩だけ男から距離を取る。 「ボク、男ですよ。それに、待ち合わせをしているので──」 「えっ、男なのっ? あー……まぁでも、これだけ可愛いならイケる! と言うことで、どっか遊びに行こうよっ。キミみたいな可愛い子を待たせるような酷い奴なんて放っておいてさ?」  なんて、典型的なナンパなのだろう。年末年始休みに読み漁った少女漫画に、似たような当て馬キャラはいたが……まさか、実在したとは。  しかし、山吹としてはいただけない。なぜならこの男は今、流れるように桃枝を侮辱したのだ。  桃枝以上にいい男なんて、山吹は知らない。存在しないからだ。それなのにこの男は、桃枝を『酷い奴』と形容した。山吹の笑顔が翳るのは、当然だろう。 「相手を知りもしないのに、憶測で決めつけないでください。それと、ボクは──」 「まぁまぁ! ほら、早く行こうよっ? 車ならあっちに停めてあるからさっ?」 「ちょっと、やだっ、触らないでくださいっ」  思っていた以上に、強引だ。まさに少女漫画の当て馬キャラと同等なレベルではないか。腕を掴まれた山吹は慌てて身を引き、抵抗を始めた。  もしもこれが、少女漫画であるのなら。こんな時は決まって、ヒーローが助けに──。 「──勝手に触るんじゃねぇよ」  ……助けに来るのが、相場だが。山吹は背後から聞こえた声に、すぐさま振り返る。  声の主は当然、桃枝だ。こんな時に山吹を助けてくれるのは、いつだって桃枝だけなのだから。 「あっ。……えっと」  少女漫画なら、確かにヒーローが助けに来てくれる。この状況は、山吹がつまむ程度に読んだ少女漫画とシーンが酷似していた。  しかし、違う点がひとつ。 「手を放せ、下種野郎が」  ヒーローは、こんなに低い声で相手を威圧しない。ついでに言うのであれば、視線だけで相手を射殺すような顔つきもしていないものだ。  とどのつまり今の桃枝は、あまり『ヒーロー』と形容できるような挙動ではなかった。

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