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助手席で縮こまりながら、山吹は視線を下げたまま言葉を続ける。
「服装で悩んだのなんて、初めてです。いえ、どのボクもいつだってカワイイのは分かっています。どの服を着ても似合っちゃいますし、そこは知っているんです。そこに対しての悩みはないんです」
「自分で……。……あぁ、そうだな。お前はいつも可愛いよ」
「えっ。あ、ありがとう、ございます……」
こうして褒められるのは、今の言葉で何度目だろう。それなのに、こんなにも照れくさい。
山吹は俯いていた顔を上げて、隣に座る桃枝に視線を向ける。
「でも、その中で一番を選びたくて。最も課長に『カワイイ』って言ってもらえるボクを見せたかったんです」
言葉を区切ると、山吹はクイッと、桃枝の袖を引いた。
「今日のボク、カワイイですか?」
男のくせに、いったいなにを言っているのだろうか。こういう場合、普通ならば『今日のボクはカッコいいですか?』と訊くものだろう。
しかし、山吹に【普通】が適用されないのは承知している。それは山吹自身でも分かっていて、そして……。
見つめられた桃枝は、不安そうな山吹をジッと見つめた。顔を見て、服装を見て、また顔を見て。
「あぁ。今日もいつも通り、お前は可愛いぞ」
「課長……っ」
微笑みを浮かべた後、桃枝は山吹の頭を撫でた。
桃枝の袖から手を放し、山吹は嬉しそうに目を細める。照れくさそうにきゅっと、両手を合わせて──。
「──んっ? 課長、今『いつも通り』って言いました?」
「──あぁ、言ったな」
はたと、山吹は気付いた。桃枝からの普段通りな言葉が、あまりにも【普段通り】だということに。
山吹は助手席から身を乗り出し、すぐさま桃枝に迫った。
「それって、今日のボクがいつもと同じってことですかっ! こっ、こう見えていつもより準備に時間をかけたのですがっ!」
「気合いは入っているな」
「なのに『いつも通り』って、そっ、そんなことありますっ?」
「あまり迫るなっつの。俺の心臓が裂けるだろうが」
「お顔は赤くなっていますが、だけどいつもと同じなんですよねっ? んんんっ、釈然としませんっ!」
「今日のお前、おかしな方向に面倒だな」
山吹の接近にほんのりと赤面しつつ、桃枝は顔を背ける。
「お前はいつだって、俺の中で飛び抜けて一番に可愛い。だから、なんて言えばいいんだろうな。……つまり、今日も変わらず可愛い、と思う」
相変わらずな、語彙力の無さ。赤くなった桃枝の耳を見つめ、山吹は考え込んだ。
いつも、一番。つまり毎日、山吹は桃枝の中の【一番】を更新している、ということだろうか。
ならば、今日の山吹は前回の山吹よりも好ましいという意味だろう。桃枝なりの、大絶賛だ。
「ちゃんと、可愛いっつの。お前は今日も、いい男だ。だから、あまり接近されると、こう……緊張、する」
「ドキドキ、しますか?」
「してなかったら、俺の顔は熱くなってねぇだろ」
どうやら、今日も桃枝は山吹にゾッコンらしい。山吹はそう、赤くなる桃枝を見て解釈したくなった。
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