232 / 465

8 : 7

 山吹はフワフワとしていて、桃枝もどこか落ち着かない様子だ。  それでも、今日はデート当日。無事に合流できたところで、桃枝はようやく車のエンジンをかけた。 「映画までまだ時間があるんだが、どうする。どこか行きたい場所はあるか?」 「行きたい、ところ。ボクが考えてもいいですけど、今日は課長がエスコートしてくれるんじゃないんですか?」 「なんだよ『エスコート』って。……準備したらしたで、馬鹿にして笑うだろ。『必死すぎます』とか言って」 「ボク、そんなこと言わないですよ?」  隣に座る、不機嫌そうな面の男。そんな男を相手に、山吹はとても嬉しそうに微笑んだ。 「ボクを想って、一生懸命考えてくれた証拠じゃないですか。だから、課長にエスコートされるのはきっと、嬉しいです」 「そう、なのか? ……なんつぅか、悪かったな。てっきり、お前は笑うもんだとばかり」 「酷いですね、笑わないですよ。ゴムを付ける練習だって、ボクはバカにしなかったでしょう?」 「あぁクソお前はそういう奴だったな」  なぜか「感動を返せ」と悪態を吐かれた。山吹はニコニコと笑いながら、厳しい表情の桃枝を眺め続ける。 「じゃあ、今日はボクの行きたいところにお連れしちゃっていいんですか?」 「そうだな、頼む。次はもっと、ちゃんとエスコートできるようにするから」 「……次、ですか?」 「あぁ、次だ。悪いな、今じゃなくて」  どうやら、桃枝は『不満』として山吹の言葉を受け取ったらしい。 「いえ、全然。気にして、ないですから……」  だが、山吹の気持ちは違う。山吹が、桃枝から告げられた『次は』という単語に抱いた感想は【不満】ではないのだが。……それを告げる勇気がまだ、山吹にはなかった。  気持ちを切り替え、山吹はパッと笑みを浮かべる。 「雑貨屋さんとか、行きたいかもです。見てるだけで楽しいので、ボクとしては映画までのとてもいい時間潰しになります」 「なるほど、雑貨屋か。……俺はお前にパンダのぬいぐるみを買った時だけだな、行ったことがあるのは」 「でしょうねっ。似合わないですもんっ」 「笑顔で返す言葉じゃねぇだろ」  山吹が笑っているだけで楽しいのか、悪態を吐きつつも桃枝が纏う雰囲気は柔らかい。  車を発進させ、桃枝が前を向く。山吹は桃枝の端整な横顔を眺め、思わず見惚れる。 「課長、今日もカッコいいですね」 「やめろ、事故る。後で言ってくれ」 「いつもの前髪を上げたお姿もステキですが、こうして前髪を下ろしているお姿もステキです。ずっと見つめていたいくらいです」 「頼むから後にしてくれ……ッ」 「赤くなりましたね。課長、カワイイです」 「絶対にわざとだろお前……ッ!」  最初は思わず漏れ出た独り言だったのだが、徐々に赤くなっていく桃枝の顔を見ていると、ついつい意地悪をしてしまう。山吹はクスクスと笑いつつ、桃枝の横顔を眺めた。  揶揄い混じりではあるが、偽りではない。冗談めかして口にしたが、嘘でもなかった。山吹の言葉は、本心だ。 「ったく。お前はすぐに大人を揶揄うよな」  今までの山吹が今までだっただけに、きっと桃枝は山吹の発言を純度百パーセントの揶揄いだと思ったのだろう。それが今は少しだけ悲しい気もするが、ある意味では助かった気もする。 「課長だから揶揄いたくなるんですよ」 「絶妙な特別扱いも後にしてくれ。本気で運転に問題が生じちまう」  それでも、ここまで意識をしてもらえるなんて。山吹はまたしても、クスクスと笑みをこぼしてしまった。

ともだちにシェアしよう!