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 目的地に着いた二人は、車を降りる。 「無難にデパートを選んだんだが、問題あるか?」 「ないです。運転、ありがとうございます」 「気にすんな。お前のためならどこまでも乗せて行ってやるよ」 「あっ、ありがとうございます……っ」  以前から、桃枝はストレートに好意を伝えてくることがあった。しかし今までとは違い、山吹は真っ直ぐな言葉に対して簡単に動揺してしまう。 「とりあえず、雑貨屋。行きましょうか」  慌てふためく自分を隠すように、山吹はデパートの中へ。桃枝も、山吹の隣に並ぶ。  ……しかし、だ。車内での話を引っ張り出すわけではないが、こうして前髪を下ろしているとやはり、普段の威圧感が半減されている気がする。  難しい顔はそのままだが、それでも桃枝は【イケメン】という部類に入るのだろう。擦れ違った女性から稀に黄色い声を向けられても、不思議ではない。  誇らしいような、不愉快なような……。山吹はチラチラと、隣に並ぶ桃枝を盗み見た。 「なんだよ。人の顔をジロジロ見て」 「えっ! いえ、そのぉ……」  だが、桃枝にはバレバレだったらしい。山吹はギクリと、体を震わせた。  言えない。『品定めをしていた』なんて、とても。山吹は桃枝から露骨なほど視線を外し、モゴモゴと単語未満な言葉を呟く。  明らかに様子がおかしい山吹を見て、どうやら桃枝はなにかに気付いたようだ。突然、山吹同様に挙動がおかしくなったのだから。 「あー……その、なんだ。違ったら、恥どころの話じゃないんだが。……こう、か?」 「なに──……えっ?」  告げられた言葉の意味が、分からない。そう返そうとした山吹が、ビクリと体を震わせる。  ──なぜなら突然、桃枝が山吹の手を握ったのだから。 「まだ、人に甘え難いから口ごもってるのかと思ったんだが。……違う、か?」  違う。それはもう、全くもって。山吹は繋がれた手を見て、なんとか答えようとした。  だが、どうだろう。今の山吹たちを見て、周りになにができる? どう見ても、他人の付け入る隙なんかないではないか。  つまり、ある意味で山吹の希望──他人から桃枝を評価されたくないという願いが、叶っている。そう気付くと余計に、山吹は恥ずかしさから正常な判断ができなくなってしまった。  たかが、手を繋いだだけ。たったそれだけの触れ合いに、どうしてここまで心が乱されるのか……。そう思いつつも、このまま黙っているわけにはいかない。山吹は必死に、言葉を捻出した。 「こっ、こんなスマートな所作を、ボクは教えていません。浮気しないでください、バカ」 「照れ隠しが雑だぞ」 「照れてなんかいませんっ!」  結局のところ、山吹は桃枝の思い付きに大満足してしまったのだ。愛情所以の斜め上なスキンシップを『違います』と否定できるわけがない。 「まぁ、当たっていたならそれでいいがな。羞恥心を飲み込んだ甲斐がある」 「男同士で手を繋ぐとか、もしも知り合いに見られたらどうするんですか」 「周りにどう思われるか考えるよりも、俺はお前をどう喜ばせるか考える方が好きなんだよ」 「かっ、課長の趣味嗜好なんて知りませんよ。……ホント、課長っておバカさんですね」 「照れ隠しが雑だぞ」 「だから照れてなんかいませんっ!」  あまりにも、前途多難すぎる。こんな状態で果たして、今日一日を無事に終えられるのだろうか。……繋いだ手を放そうともしないまま、山吹はぼんやりとそんなことを考えた。

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