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 雑貨屋に着き、二人は一先ず手を放した。  名残惜しさを感じつつも、手を繋いだままでは商品を見る際に不便だ。山吹は寂しさを押し殺しつつ、店内を眺め始めた。 「こうして見ると、色々あるんだな。あの日はサッサと帰ったし、目的の物しか見てなかったから知らなかった」  桃枝が言う『あの日』とは、山吹にパンダのぬいぐるみ──命名、シロを買った日だ。居た堪れなさと恥ずかしさから、素早く入店し早々に会計を済ませて退散したのだろう。目に浮かぶ光景だ。 「なにに使うのかよく分かんねぇ物もあれば、どう考えても機能性に難がありそうなデザインに、誰が欲しがるのか甚だ疑問な物まで……。すげぇな、雑貨屋ってのは」 「課長、それだとあまり感心しているように聞こえないですよ」 「これでもかなり脱帽してるぞ?」 「ボクには『そうなんだろうな』って分かりますけど、今のはどう聞いても否定的な意見です」  桃枝は今、そこそこ浮かれている。初めて目にする商品の群れに、少なからず心が躍っているのだ。  だが、それを言語化すると駄目だった。桃枝の無邪気な好奇心は、誰がどう聞いても批判だ。唯一桃枝のはしゃぎっぷりを理解している山吹でさえ、翻訳を放棄したくなるほどに。  しかし、意外だ。桃枝がこういった店に、ここまで興味を引かれるとは。山吹は半歩後ろを歩く桃枝の様子に驚きつつ、店内を歩く。  ふと、山吹は思う。『せっかくなら、桃枝を喜ばせたい』と。背後にいる無邪気なこの青年にもっと楽しんでもらうために、できることはないか。山吹はモヤモヤと、考え始める。  初めての雑貨屋に、ある意味で初めてのまともなデート。『幸せな思い出を桃枝に提供したい』という一心で物思いに耽り始めた山吹は、商品を凝視するかのようにピタリと足を止める。  ……例えば、山吹から可愛くおねだりをされたら、桃枝は喜ぶだろうか。山吹が上手に甘えられたら、もしかすると喜んでくれるのかもしれない。意味もなく、山吹は先ほどまで桃枝と繋いでいた手を眺めた。  しかし、いったいなにを……どう、甘えたらいいのか。純粋な気持ちからくる交流をしたことがない山吹は、ウンウンと悩み始めた。  そんな山吹を見て、同様に立ち止まった桃枝が顔を近付ける。 「どうした、山吹。ハンドクリームの前で唸り始めて」 「へっ? ハンド、クリーム?」 「あぁ、ハンドクリームだ。ついでに、自分の手も見てただろ。興味でもあるのか?」  どうやら何気なく立ち止まったスペースは、ハンドクリームが並んだ棚だったらしい。指摘されて初めて、山吹は気付く。  すると突然、山吹はピンと閃いた。それと同時に、山吹は目の前にある試供品を一本、手に取った。 「こ、このハンドクリーム! 実はずっと気になっていて、あのっ。……いっ、いい匂いですよねっ?」 「ん? 匂い?」  にゅっとクリームを出し、手の甲に塗る。山吹は匂いを嗅いだ後、すぐに試供品を桃枝に差し出した。  どことなく山吹の様子がおかしいと感じ取りつつ、桃枝は山吹が差し出す試供品に顔を寄せて──。 「あぁ。確かに、そうだな」 「ひえっ」  ──試供品を持つ【山吹の手の匂い】を、迷いなく嗅いだではないか。  確かにクリームを塗った手の甲を嗅いだ方が効率的かもしれないが、そうではない。桃枝の天然な動作に対し、すぐさま山吹は赤面する。  しかし、今は動揺している場合ではない。  どうにか、桃枝に喜んでもらいたい。山吹は試供品を握り、赤くなった顔を隠すように、視線を商品棚に戻す。 「でっ、ですよね? いい匂い、ですよねっ? えっと……ほ、欲しい、なぁ……っ」  言いながら、山吹は気付いた。たぶん、違う。桃枝が望む『甘える』とはこういうことではない、と。  当の桃枝は、山吹を見下ろしている。なにを思ったのか、たった一言「ふむ」と呟き、コクリと頷いてから──。 「──とりあえず、十二本でいいか?」 「──どうしてスタートから一ダースなんですか」  予想に反して、山吹を甘やかし始めた。  おかしいのは、どうやらお互い様のようだ。商品棚から本気で一ダース分のハンドクリームを取ろうとする桃枝を止めながら、山吹は苦笑した。

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