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気を取り直し、今度は帽子や眼鏡などといった、身に付けられる商品が置かれているスペースに移動する。
先ほどの失敗を鑑みて、山吹は思う。慣れないことはせず、普段通りの自分でいようと。
なにも、桃枝を喜ばせる方法は不得意な【甘える】という行為に限らないだろう。できないことや失敗のリスクがある方法ではなく、得意分野で喜ばせたらいい。これこそ、山吹が瞬時に導き出した答えだ。
桃枝が、確実に喜ぶもの。いったいそれが、なんなのか。……答えは簡単だ。
「じゃーんっ! 伊達メガネですっ。似合いますか~っ?」
「買う」
「答えが結論まで飛躍しすぎです」
楽しそうにはしゃぐ、山吹の姿。つまり【いつもの山吹】こそが、桃枝にとって最も喜びを得られて、且つ山吹にとって最も提供しやすいものなのだ。
……迷走し、考えが難航し、スタート地点に戻っただけなのは、否めないが。
しかし、山吹の答えは正しかったようだ。値札が付いたままの伊達眼鏡をかけた山吹を見ただけで、桃枝のテンションは上がっているのだから。
「お前は凄いな。なにをしても、なにを纏っても可愛い。今の俺は正直、かなりご機嫌だ。……いいな、伊達眼鏡。似合うぞ」
「あっ、えっ? そ、そそっ、そんなにしっかりと褒めないでくださいよ。調子、狂っちゃうじゃないですか……っ」
「悪いが山吹、このキャスケットも被ってみてくれないか。絶対お前に似合うから」
「別に、構いませんが。……はい、被りましたよ。どうですか? 似合って──」
「買う」
「だから答えが結論まで飛躍しすぎですってば」
予想以上の大喜びだ。ハンドクリームの一件でも痛感してしまったが、やはり桃枝という男は泣きたくなるほど単純らしい。
それほどまでに好かれて、嫌な気はしない。むしろ今の山吹は、顔が熱くなるほどに浮かれてしまいそうだった。
たかが、気持ちひとつ。芽生えた感情ひとつで、こんなにも受ける印象が変わるのか。山吹はキャスケットと伊達眼鏡を桃枝に奪われつつ、そんなことを考える。
「本気で買うんですか、それ」
「買う。だから、いつかまたこれを身に着けたお前を見せてくれ」
「それは全然、いいですけど。それならボクが自分で買いますよ。結局、ボクの私物になるみたいですし」
「俺が買い与えた物を身に着けてほしいんだよ」
相変わらずだ。普段通りの桃枝を見て、山吹はついつい呆れてしまう。
「なんですか、それ。課長ってホント、ボク関連だとザンネンな人になりますよね。ボクのこと、好きすぎですよ」
だからこそ、失言をしてしまったのだ。
「──あぁ、好きだぞ。俺は頭がおかしくなるくらい、お前のことが好きだ」
「──っ!」
墓穴を掘った。気付いた時には遅く、山吹は自らの発言によって桃枝からの好意をストレートに向けられてしまったのだ。
ボンッと、煙が出そうな勢いで山吹は赤面する。みっともない顔を見られたくない山吹は、急いで桃枝から顔を背けた。
「そっ、そう言えばっ! そろそろお昼の時間ですよねっ? お会計を済ませたら、どこかの飲食店に移動しませんか?」
「そうだな」
どうやら、誤魔化されてくれたらしい。レジに並びつつ、桃枝は山吹に続けて訊ねる。
「お前の行きたいところはあるか? 前に行ったハンバーガー屋でもいいぞ」
「ハンバーガーもいいですが、そうですねぇ。……あっ」
思案して、ほんの数秒。山吹はピコンと『行きたい場所』を思い出した。
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