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「──いい映画でしたね、課長」 「──山場からラストシーンに繋がる部分の記憶がどこかの馬鹿ガキのせいで曖昧だがな」  館内が明るくなり、周りの客が次々と席を立つ。  すっかり涙が止まった山吹は、握った桃枝の手を楽しそうにギュギュッと強弱を付けて握り返す。そうするとまた、桃枝が険しい表情を浮かべて山吹を見た。 「お前は本当に、悪ガキだな。大人を揶揄うんじゃねぇよ」 「ボク、もう二十歳ですよ。だから、ボクだって立派な大人です。……ねっ?」 「ぐッ。またそうやって、可愛く笑えばなんでも水に流されると思いやがって……ッ」  結果、水に流される。桃枝は山吹の手を強く握り、おそらく山吹の可愛さを噛みしめているのだろう。  ふと、桃枝が顔を上げる。そこで、周りに誰もいなくなったことを確認した。 「そろそろ俺たちも移動するか。行くぞ、山吹」 「はい。……あっ、手。さすがに、放さないといけませんね」 「ゴミを捨てるのに不便だからな」  名残惜しそうに、手を放す。山吹の視線が寂しそうに桃枝の手を追ったものだから、桃枝はまたしても小さな呻き声を漏らして【山吹萌え】を噛みしめていた。 「なんて言うか、お前……変わった、よな。誕生日の一件から、変わった」  山吹自身も感じていたが、どうやら桃枝にも思うところがあったらしい。素直な気持ちから向けられた評価に、山吹は眉尻を下げた。 「そう、かもしれません。変わっちゃったボクは、イヤですか?」 「嫌じゃなく、むしろ過去最高レベルに好ましいから困ってんだよ」  繋いでいた手がポンと、山吹の頭を撫でる。 「お前への気持ちを、これ以上募らせるなっつの」  そう言う割に、嬉しそうだ。撫でられた頭に触れた後、山吹は歩き出した桃枝を追いかけた。 「もっと、好きになってくれてるんだ。こんな、ボクが相手でも……」  口角が、指示なんか受けていないはずなのに上がっていく。山吹は今、純粋に喜んでいるのだ。 「ん? 山吹、なにか言ったか?」 「いいえ。ただ『いい映画だったなぁ』と」 「そこまで楽しんでもらえたなら、慣れないことをした甲斐がある。誘って良かった」 「はい。誘っていただき、ありがとうございました」  ゴミを捨て、山吹たちは駐車場を目指して歩き始める。 「映画館、本当に楽しかったです。雑貨屋さんを課長と見られたのも楽しかったですし、初めての定食屋さんも楽しかったです。今日はいっぱい、課長と楽しい時間を過ごせました」 「なんだよ、いきなり」 「見え透いた謙遜をしない素直なボクが好きって、課長が以前言ってくれましたので。見え透いたお世辞を言わないボクも好きになってほしいなって」 「だから、これ以上お前に惚れさせんなって言ってるだろ。ヘタしたらストーカー化するぞ。……なんてな──」 「──えっ? ボクのこと、二十四時間見つめていてくれるんですかっ?」 「──阿呆。お前がそんな反応したら、俺がマジみたいになるだろ」  明らかな冗談だったのに、思わず本気で受け取ってしまったようだ。山吹はシュンと反省しつつ、駐車場に停めている桃枝の車に乗った。

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