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服と晩飯用の食材を購入した二人は、桃枝が暮らすマンションに到着した。
「いつ見てもご立派なマンションですね」
「お前はこういう建物が好きなのか? 俺はお前が暮らすアパートの外観も趣があっていいと思うがな」
「今のはちょっとした嫌味のつもりだったのですが、ありがとうございます」
「よく分からねぇが、どういたしまして」
部屋に招かれ、山吹は「おじゃまします」と呟いてから中へ入る。
「買った寝間着、どうする。さすがに洗濯しても数時間じゃ乾かねぇだろうが、俺個人としては新品だろうと着る前に洗濯したい」
「それなら、今日は課長の服をお貸しいただけますか? 前みたいに、上だけでいいですから」
「その言い方だと、俺が最初から下を渡さなかったみたいに聞こえるだろうが。まぁ、別にいいけどな」
桃枝は服に付いた値札やタグを外し、山吹は買った食材を冷蔵庫に詰め始めた。
……桃枝の真似をするわけではないが、これでは本当に同棲しているみたいだ。山吹は手を動かしながら、ポポッと頬を赤らめる。
「なぁ、山吹」
「へっ? あっ、は、はいっ? なんですかっ?」
桃色思考を読み取られたのかと思い、山吹は慌てつつ桃枝に視線を向けた。
しかし、目が合わない。こういうときは大抵、桃枝にとって都合が悪い話題を口にするときだ。
「ちなみにと言うか、余談と言うか、とにかくそんな感じの話題なんだが。お前がまた来るかもしれねぇなと思って、買っておいた寝間着が一着だけある。下着も、一応。サイズは多少合わないだろうが、俺のを着るよりは断然いいと思う」
「わざわざ、用意してくれたんですか?」
「……やっぱり、引いたか?」
桃枝が、山吹のために着替えを用意してくれていた。山吹がまた、来るかもしれないと思って──山吹をまた、誘おうとしてくれて。
食材の片付けを終えた山吹は、買ったばかりの服を前に気恥ずかしそうな顔をしている桃枝に近付いた。
「いえ、まさかっ。用意周到で嬉しいですっ」
お世辞でも、過剰表現でもない。山吹の素直な答えを聴き、ようやく桃枝は顔を上げた。
「そうか。なら、良かった」
「ありがとうございます、課長」
「気にするな。俺が勝手にしたことだからな」
やはり桃枝は、山吹のことを心から想ってくれている。山吹にとって贅沢すぎるくらいに、山吹にとってもったいないくらいに。
山吹の中には、僅かばかりの『申し訳ない』という気持ちがある。だがきっと、桃枝が欲しい感想はそういった委縮のような形ではないだろう。
『俺はあと何回、お前の優しさに救われるんだろうな。……あと何回、お前の眩しさに胸を打たれるんだろうな』
不意に、山吹が桃枝の看病に向かった日に贈られた言葉を思い出す。
やはりこの言葉は、桃枝ではなく山吹が発するべき感想だったのだ。しみじみと、山吹は実感する。
ニコリと笑みを浮かべ、山吹は桃枝の隣に立つ。そして、その愛らしい笑顔をそのままに……。
「──で? 課長がご用意してくれた服は、いったいどんなコスプレ衣装ですか?」
「──普通の服に決まってるだろうが」
ガクリと、桃枝を脱力させるのであった。
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