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 食事を終えて、時間が経ち。 「お風呂、ありがとうございました」  片付けを終えてから入浴も終えた山吹は、桃枝が用意してくれていた寝間着に着替えていた。  濡れた頭をタオルで拭きながら近付く山吹を、ソファに座る桃枝が見上げる。 「いい、気にすんな。こっちこそ、料理だけじゃなくて皿洗いとか色々……とにかく、全部やらせて悪かったな」 「ボクが『お先にお風呂をどうぞ』と言ったんですから、それこそ気にしないでください。泊めていただくお礼ですよ」 「そうか。お前は、いい嫁になるな」 「そこはフツー『旦那』だと思うのですが、褒め言葉として頂戴しますね」 「あぁ、受け取ってくれ」  ソファに座ったままの桃枝へ近寄り、隣に腰を下ろす。すると、桃枝がジッと山吹を見つめてきた。 「服、やっぱりデカかったか。目測だとサイズ選びが難しいな」 「ピッタリすぎるよりは、少しくらい大きいサイズの方が助かります。だから大正解ですよ」 「そうか。なら、いいんだがな」  なんてことはない、無地のティシャツとゆったりとしたズボン。下着だって、きわどいものでもなんでもないシンプルなデザインだった。  桃枝が用意していた物は、男友達が泊まりに来た際に着ているような、それくらいラフな印象を受ける服だけ。実に、桃枝らしい。  それでもきっと、桃枝はこれらの服を一式揃えるのに猛烈な緊張をしたのだろう。相手が、他でもない山吹なのだ。『いやらしい考えがあると思われたらどうしよう』などと考えたに違いない。  だが、そんな心配は必要なかった。そう納得したのか、桃枝は嬉しそうに山吹に手を伸ばす。 「やっぱり、髪が濡れたお前もいいな。凄く魅力的だ。恋人である俺だけの特権だな、この姿は。……あぁ、いいな。凄くいい」 「そうやって隙あらば口説くの、やめてくださいよ。ボクの見てくれがいいのは知っていますけど、なんと言いますか、その……反応に、困っちゃうじゃないですか」 「なぁ、山吹。お前の顔が赤いのは、湯上りだからか?」 「あぁもうっ! おさわり禁止ですっ!」  圧倒的な、照れ隠し。伸ばした後れ毛を弄る桃枝の手を、山吹は軽くペチンと叩く。静かに、桃枝はショックを受けた。 「照れ隠しが、どんどん分かり易くなってきたな。これはお前自身の変化なのか、それとも俺がお前に対して理解を深めた結果なのか……。どっちにしろ、喜ばしい変化だな。そう思わないか、山吹」 「同意を求めないでくださいよ」  ショックを受けた直後の発言とは、思えないが。  払い落とされたばかりだというのに、桃枝は懲りずに山吹の髪に触れる。 「こうして、ゆっくりお前と話せる時間ってのは、いつになっても嬉しいもんだ。お前があの日、人の目を見て会話することの大切を教えてくれなかったら……きっと、俺はずっとこんな時間を過ごせなかったんだろうな」  突然、どうしたのだろう。そう思いながら、山吹は桃枝を見上げる。 「なんですか、いきなり。大袈裟じゃないですか?」 「大袈裟に聞こえるか? なら、お前はそれだけ大それたことを俺にしちまったんだな」  つまり、桃枝は今……とても幸せ、ということなのだろうか。山吹は自分なりの解釈をしながら、素直に髪を触らせた。  山吹との会話を、こんなにも楽しんでくれている。パワハラの矯正などといった有益ななにかを与えられずとも、桃枝は喜んでいるのだ。  だからきっと、山吹は言葉を滑らせた。 「ただの雑談、ですけど。……ボクの、好きなものの話。してもいいですか?」  もっと、桃枝と会話がしたい。もっともっと、桃枝に自分を知ってもらいたくて……桃枝のことを、知りたくて。  山吹は桃枝を見つめたまま、静かに訊ねた。

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