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 山吹から出された話題を、桃枝が突っぱねるわけがない。 「あぁ、頼む」  頷いた後、桃枝は黙って山吹を見つめた。  あんなに人の目を見ることが苦手だったくせに、今では真っ直ぐとした眼差しを向けている。成長と言うよりも、己の駄目な点を改善する力に長けている男だ。  山吹は微笑みを浮かべて、桃枝の目を見つめ返す。 「風邪を引いた時、母さんが作ってくれたお粥。温かくて、優しくて、好きでした」 「そうか」 「風邪を引くと、普段から優しい母さんがもっと優しくなったんです。オヤツなんて月に一度くれるかどうかくらいの家庭でしたが、風邪を引くとアイスとかプリンとかゼリーとか……オヤツを、好きなだけ食べさせてくれたんです」 「そうか」  治った後、残った分は全て父親の胃に収まったが。そこはあえて語らずに、山吹は【思い込みではない山吹家の幸福】を語った。  なぜ急に、こんな話を。ツッコミが入ってもおかしくないような話題にも、桃枝は真っ直ぐと向き合ってくれた。 「次に山吹が風邪を引いたら、粥を作ってやる」 「えっ? 課長が、ですか? ……課長に料理ができるイメージって、皆無なのですが」 「失礼な奴だな。確かにレトルトに頼るつもりだが、箱か袋に書いてある作り方を読めば誰だって作れるだろ」  指先で弄んでいた後れ毛から手を放し、そのまま山吹の濡れた頭を撫で始める。  桃枝が浮かべているのは、笑顔だった。 「お前の母親には遠く及ばないかもしれないが、それでも俺は作るぞ」 「……っ」 「プリンとゼリーは賞味期限があるから難しいが、アイスくらいなら部屋に常備する。お前は、どういうアイスが好きなんだ?」  真摯な対応に、言葉に。山吹の胸が、締め付けられる。堪らず山吹は、俯いてしまった。 「バニラ系が、好きです。かき氷とかは、頭が痛くなるので得意じゃないです」 「ん、分かった」 「でも、課長が用意してくれたものならバニラ系以外のアイスも、喜んで食べます」 「そうか」  そっと、山吹は顔を上げる。 「なんで、そんなに優しくしてくれるんですか? ボクは、ずっとずっと……とても、イヤな男だったのに……っ」  今まで、自分が桃枝にしてきた仕打ち。振り返れば振り返るほど、悪い記憶しか出てこない。  否定し、無遠慮に責め立て、身勝手に泣き叫んで別れを口にした。どこからどう謝ればいいのか分からないくらい、山吹は自分勝手な男だったと自負している。  だからこそ、山吹は俯いた。目を見る資格すら、無い気がしたから。  山吹自身の評価は、前述した通り。だが、桃枝からすると……。 「お前に『なんで』と言われると、そうだな。お前が欲しがっているような論理的回答は出てこない」  不意に山吹は、ビクリと体を震わせた。頭を撫でていた桃枝の手が、山吹の頬に移ったからだ。 「ただ、俺がお前に惚れてるからだよ。理由なんてそれ以外に必要ないくらい、俺はお前が好きだ。こんな理由じゃ、やっぱり納得できないか? ……できねぇ、よな。悪い」  もう一度、山吹は顔を上げる。『悪い』と口にする桃枝が、どんな顔をしているか想像し──その想像が当たっていると、確信を得るために。 「課長は、ズルいです。訊いているくせに、ボクからの答えを決めつけているじゃないですか」 「そんなことねぇよ」 「あります」  笑みを浮かべて、どこか満足そうにしている桃枝の姿。想像通りの表情を目の当たりにし、山吹は苦笑する。 「納得、するに決まっています。嬉しいに、決まっているじゃないですか」  服の裾をつまみながら、遠慮がちに。山吹は控えめな中でも懸命に、桃枝の気持ちを肯定した。

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