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 まさか、耳元で囁かれただけなのに達してしまうなんて。恥ずかしさと申し訳なさから、山吹は泣き出しそうな顔をしてしまう。 「あ、ぅ……っ。課長、ごめ、なさい……っ。先に、ボクだけイッちゃって……っ」 「そうだな」  するりと、頬を撫でられる。赤くなりながら涙目で震える山吹を、まるであやすかのような手つきだ。 「上手にイけたな。煽情的で、それでいて可愛かったぞ」 「っ!」  そんなに優しい目で見ないで、と。思わず、言いかける。  ここまで大切に、甘く優しく愛されて。駄目な部分も受け入れてくれて、求めると可能な限り全力で応じてくれた。  優しくて、かけがえのないたった一人の人。目の前にいる男への気持ちが、溢れそうになったから……。 「か、ちょう。課長、あの、ですね。……その、あのっ」  桃枝が着ているスウェットの裾を、控えめに引く。  伝えなくては。今度こそ、この人に。はくはくと口を震わせながら、それでも山吹は懸命に言葉を紡ぐ。 「ボク、は。ボクは、あの。……ボク、ボクは……っ」  黙って、桃枝は待っていてくれている。優しい眼差しを向けて、催促もせずにただ、静かに。  いつも、桃枝は山吹に寄り添おうとしてくれていた。不器用でも、ぶっきらぼうでも、桃枝の根底にあるのはいつだって【愛情】だったのだ。  そんな桃枝が相手だからこそ、山吹は生まれて初めてこの感情を知った。 「──ボクは、白菊さんが……す、好き、です……っ」  桃枝のように、流れるようなストレートさでは伝えられない。桃枝とは違い、この感情に対して山吹はまだ胸を張れなかった。  それでも、やっと言えたのだ。ずっとずっと芽生えたまま、名前を付けてから宙ぶらりんになっていた気持ちを、ようやく。  やっとの思いで口に出せた言葉に、桃枝ではなく山吹自身が赤面してしまう。達成感があって、充足感だってあるはずなのに……それよりも先行する羞恥心のせいで、山吹は泣き出しそうな顔をしてしまう。 「は、恥ず、かしぃ……っ」  セックスに対する感想や、食べ物や雑貨に対する感想とはわけが違う。山吹は今、生まれて初めて愛の告白をしたのだ。  つまんでいたスウェットから指を放し、山吹は両腕で顔を隠す。桃枝の顔を見られず、自分の顔も見られたくなく、それでいて返事を聴く勇気もないからだ。  たとえ、両想いだと分かっていても。やはり、今までのことを考えると罪悪感がある。山吹は顔を赤くしたままなのに、恐怖で体を震わせた。  だが当然、桃枝の反応は……。 「──どっちかにしろ、馬鹿ガキが……ッ!」  まさかの、怒号。控えめな罵りに、山吹は顔から腕をどけた。 「え、っ? どっちか、って──ひ、ぅんッ!」  次の瞬間、山吹は体を震わせる。先ほどまでの【恐怖】とは違い、今の山吹は──。 「あっ、やっ。白菊さんの、おっきくなって……んっ! なんで、あ、あッ」  激しく攻め立てる、桃枝の動きに。……快楽に、身を震わせた。 「名前で呼ばれるだけでもヤバいってのに、なんでプラスして『好き』って言うんだよ、クソッ。煽ってるだろ、完全にッ」 「ちがっ、煽ってな──ぁんッ!」  桃枝は、怒っていない。どれだけ怖い顔をしていても、どれだけ口調が冷たくても。桃枝は、怒っていなかった。  快楽でグチャグチャになりながらも、山吹は考える。  自分の気持ちは、桃枝にとって迷惑ではないのだ、と。喘ぎながら、山吹はぼんやりと実感した。

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