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 山吹の鼓膜を、目覚ましの音が激しく揺さぶった。眉を寄せつつ、山吹は瞳を開ける。  目覚まし時計の音だとは分かるが、聞き慣れない音だ。それもそのはずで、この音は山吹が準備した目覚まし時計ではなかった。 「おはよう、山吹。よく眠れたか?」  瞼を開けると、広がる視界に桃枝の顔が映る。寝起きの山吹はぽやんとした瞳で、桃枝を見つめた。 「……夢を、見ました」 「そうか。……どんな夢だ?」  頬を撫でられながら、山吹はポソポソと【見てしまった夢】を話す。 「父さんと、二人で暮らしていた頃の夢です。……父さんがボクに、いろいろなことを教えてくれた夢でした」 「あぁ」 「夢なら、痛みを感じない。そうであったはずなのに、夢の中のボクは痛がって、苦しんでいました。叩かれたところは熱を持って、蹴られたところは鈍痛が奔って、怒鳴られたボクは悲しくて、怖くて……。……でも」  頬を撫でる桃枝の手を握り、山吹はようやく表情を和らげる。 「課長の声が、聞こえました」  笑みを、浮かべた。桃枝を見つめて、桃枝の手を握って、山吹は微笑んだ。 「なぜでしょうね。あの頃はまだ、課長と出会ってすらいなかったですのに」 「あぁ、不思議だな」 「もしかしてボク、うなされていました? それで、見かねた課長がボクに声をかけてくれたとか……」 「夢のない話をするなよ。真相なんて、なんだっていいだろ」 「あはは。確かに、それもそうですね」  微笑み合う中、山吹は幸福そうに呟く。 「初めてです。父さんが夢に出てきて、起きてから泣いていないなんて」 「そうか。お前にとって悪くない寝覚めなら、なによりだ」 「はい、悪くないです」  甘えるように手を握りながら、山吹はやはり幸福そうに笑っている。 「朝起きて、好きな人の顔が近くにある。初めてお泊まりをした日に課長からそう言われて、正直あまりピンときていませんでしたが……今なら、ハッキリと分かります」  言葉を区切り、ほんのりと頬を赤らめながら。山吹は、いつぞやの桃枝を肯定した。 「驚きますね。胸が、ドキドキしてしまいます。……そして、嬉しいですね」 「あぁ、そうだな。今日も好きだぞ、山吹」 「ボク、も……。……っ」  不意に、山吹の表情が翳る。 「ホントにボクが、言ってもいいのでしょうか。あんなに課長の気持ちを否定していたボクが、今さら『好き』なんて……」  昨晩は、熱に浮かされていた。だから言えたが、今はどちらと問われずとも冷静だ。山吹の瞳が寂し気に伏せられる理由を、桃枝は分かっていた。  それでも、桃枝は山吹を責めない。 「信じるには到達できないくらい、俺の愛情表現ってやつは分かりにくかったんだろ。けど今のお前は、俺の伝わりにくい愛情表現を信じてくれている。俺にとって、これ以上ない幸福だ」 「課長……」 「ついでに『好き』って言ってもらえるんなら、俺としては最高なんだがな」 「……っ。……好きです、課長」 「俺もだ。好きだぞ、山吹」  好意を伝え合うも、すぐに二人は同時に赤面しだす。 「さっ、さてと! 互いに目も冴えたことだし、なにか食うか!」 「そうですねっ! 大賛成ですっ! 仕事、遅刻するわけにはいきませんからねっ!」  まるで付き合いたての浮かれまくりなカップルのようで、気恥ずかしい。お互いにそう思ったのか、二人は【出勤準備】という冷静さを取り戻す単語を引っ張り出し、ベッドから起き上がった。

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