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自分はどうにも、人への接し方がヘタクソすぎる。初めて山吹から飲みに誘われた時──それよりも前から、自覚はしていたが。
翌日の、昼休憩。自販機でコーヒーを買いながら、桃枝は厳しい表情のまま一度、腕を組んだ。
すると自販機に、見知った人物が近付いてきた。
「おや、桃枝課長。お疲れ様です」
それは、管理課ではない別の課の課長だ。以前、自販機でコーラを奢ってくれた課長でもある。桃枝は相手の存在に気付き「お疲れ様です」と返事をした。
ポケットから財布を取り出しながら、金融課の課長はにこやかに声をかける。
「もしや、今日もまた小銭がないのですか?」
「いえ、今日は大丈夫です。欲しい物はもう買いましたし」
「おやおやっ、コーヒーですかっ? しかも無糖じゃないですかっ。糖分を取らないと疲れは取れないですよっ?」
「……。……お気遣い、痛み入ります」
どう返答しても、いい結果になる気がしない。その中でも最も当たり障りがなさそうな言葉を返し、桃枝は缶コーヒーのプルタブを引いた。
桃枝の返答に特段気分を害された様子もない青年は、なぜか嬉しそうに笑いながら「そうですかそうですか」と相槌を打っている。
妙な失言をしてしまう前に、退散しよう。山吹以外の相手とは未だに目を合わせることすら難しい桃枝は、会釈をしてこの場を離れようとして──。
「──そう言えば桃枝課長って、Sっぽいですよねぇ」
──なんでだよ! ……と。芸人顔負けな勢いで、ツッコミを入れそうになった。
しかし、そんな陽気なツッコミを入れている場合ではない。なぜなら桃枝は今、愕然としているのだから。
振られた話題に脈絡がなさすぎるのは、この際スルーしよう。気にしていては、話が進まないからだ。桃枝は缶コーヒーをしっかりと握ったまま、ギギッとぎこちない動きで金融課の課長を振り返った。
「……ちなみに、どの辺りがそう見えるのでしょうか」
「纏う雰囲気? 放つオーラ? 日頃の言動、表情、立ち居振る舞い……。うぅ~ん、なんて言えばいいのでしょうねぇ?」
「──いっそハッキリ『どう見ても全体的に』と言ってください」
まさか、山吹にもそう思われているのだろうか。勘弁してほしい、断じて違うのだから。
桃枝は惚れた相手をデロデロに甘やかし、どこまでも優しくして尽くしたいタイプだ。相手を虐めて悦に入るなんてド畜生に成り下がった覚えはない。
愕然としている桃枝を見てなにをどう感じたのか、金融課の課長は「はははっ、まぁまぁ」と愉快気に笑っている。桃枝が落ち込んでいると気付いていないのか、若しくは気付いたうえで笑っているのか。……後者の場合は、どう考えても投げられた評価はブーメランである。
多少の雑談を楽しく終えたと思ったのか、相手は笑顔のまま会釈をして退散した。戸惑う桃枝を完全に置いてけぼりにし、コーラを片手に持ちながら。
残された桃枝は動くことができず、ただただ力なく呟くしかない。
「俺はSっぽい、のか……?」
顔が怖い。
いつも怒ってるように見えるが、どうにかならないのか──……あぁ、ならないか。
人類全てを嫌悪していそうと言うより、しているに決まっている。
愛想と言う愛想を母親の胎の中に置いてきたのか。
……確かにそう言った類のことを言われたことはあったが、まさか加虐性愛の気を疑われるなんて。ガックリと、桃枝は静かに項垂れる。
それからようやく動いた足はフラフラと覚束ないものだったので、桃枝は数秒間だけ自販機にもたれかかった。
……ちなみに余談だが、桃枝に『顔が怖い』以降の言葉を投げたのは全て同一人物だ。その相手が、誰なのか。ヒントは【究極の方向音痴】なので、桃枝のためにも察してほしい。
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