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 まさか、悪意もなく『Sっぽい』と評価されるとは。むしろ悪意が内包されていたら、どれだけマシだっただろう。げんなりとしながら、桃枝は事務所に戻った。 「あっ、課長っ。おかえりなさいっ」  するとなぜか、山吹が嬉しそうな顔をして桃枝に近付いたではないか。  ニコニコと笑う山吹を見て『癒される、可愛い、好きだ』と反射的に心が叫ぶ中、桃枝はシャキッと背筋を正した。 「あぁ、ただいま。……って、どうした山吹? いつもなら屋上に行ってる時間だろ」  挨拶を返してから、不意に気付く。山吹は普段、昼食を会社の屋上で食べていると。  それなのになぜか今、山吹は事務所に残っていた。昼食を終えたとしても、山吹が事務所に戻ってくるのはいつもならもっと遅いはずなのに。  桃枝から指摘された山吹は、眉尻を下げる。 「確かにいつもはそうなんですけど、今日は天気が生憎なので。そういう時、食堂に向かうこともあったのですが……せっかくですし、事務所で食べてみようかなと」 「そうか」  確かに、曇り空だ。屋内で食べるのはいい選択かもしれない。  しかし、そうと分かっていたなら茶の一本でも買ってきたと言うのに。せっかくの貢ぎ──もとい、尽くしチャンスを失った桃枝は、静かに落ち込む。  だが、内心でしょんぼりと落ち込んでいる場合ではない。勝手に落ち込んだ桃枝は、当然ながら勝手に気を取り直す。 「なら、応接用のスペースで一緒に食うか」 「っ! は、はいっ!」  嬉しそう。まるで山吹から可視化されたハートが飛び出しているようだ。  ここで、ようやく桃枝は気付く。きっと【天気】はほとんど関係なく、山吹はただただ『桃枝と一緒に昼食を取りたかったのではないか』と。  素直にそう言ってくれたなら良いものを。考えて、桃枝は心の中で首を振る。  人に甘えることを禁じられていた山吹のことだ。いくら桃枝が『俺はお前に甘えられたい』と言ったところで、すぐに『分かりました』と切り替えるのは難しいのだろう。 「せっかくですし、お茶を淹れますねっ。課長は先に、座って待っていてくださいっ」  それにしても、可愛らしい。たかが一緒に食事をするだけで、ここまで分かり易く喜んでくれるとは。【察する】という行為が苦手な桃枝にもハッキリと伝わるほど、今の山吹は露骨に喜んでいた。  ニコニコと笑いながら飲み物の用意をしに移動した山吹を見送りながら、桃枝は言われた通り先に、応接スペースへと向かう。すぐに山吹は二人分の湯呑みをお盆に載せ、桃枝の正面に移動した。  声を揃えて食前の挨拶をした後、桃枝は嬉しそうにしている山吹を眺めつつ、昼食を取る。今日のメニューはコンビニで購入したカツ丼だ。 「学生の頃、クラスメイトがお弁当ブランド二店の名前を混在して覚えていたのか『ホットもっとシェフ』と言っていたのを、課長が食べているカツ丼を見て思い出しました」 「愉快な話だな」  なんとも、山吹らしい言葉。『友人』ではなく『クラスメイト』と言うところが、特に。桃枝は山吹が淹れた茶を啜りながら、頷いた。  褒められたのが相当嬉しいのだろう。山吹はすぐに、次の話題を口にした。 「ところで……課長って、どうして職場ではいつも手袋をしているんですか?」 「ん? あぁ、これか? 実は──ってほどのことでもねぇんだが、末端冷え性っぽいんだよな、たぶん」 「どうして自分のことなのに情報がフワフワなんですか……」  呆れる山吹も可愛い。桃枝は内心でほっこりしつつ、言葉を続ける。 「よく、冬場にゲームのコントローラーを触ってると手が冷えるだろ。そんな感じで、キーボードを叩くと手が冷える。指がかじかむと、作業の効率が下がる。夏場はそうでもねぇんだが、それ以外の季節はどうにもな……」  確か、末端冷え性の原因にはストレスがあったはず。課長職ともなると、抱えるものが増えたのだろうか。気難しい桃枝なら、なおさらだ。……どれも、桃枝自身に自覚はないが。 「まぁ、今に始まったことじゃねぇからな。見映えは悪いかもしれねぇが、無視してくれ。こっちは作業の効率を下げたくねぇんだよ」  無論、山吹が桃枝を否定するはずがない。なんとなくそう思いつつ、桃枝は箸に手を伸ばし──。 「──じゃあ、昼休憩の度に手を握りましょうか?」  まるで凍り付いたかのように、手を止めてしまった。

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