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手袋をはめ直した桃枝は目頭を押さえ、黙って俯いている。絵面だけ見ると、心底悩み果てている様子だ。山吹が心配するのも当然だろう。
オロオロと慌てふためく山吹は、自分の発言が桃枝を困らせたと思ったに違いない。桃枝はそう気付き、すぐに口を開く。
「いや、その、なんだ。……最近、な。お前からの『好き』っていうオーラが、凄まじいなと……」
「っ!」
つまり、山吹が考えているような理由で俯いているわけではない。桃枝は、そう伝えたかった。
しかし結果として、山吹は息を呑んでショックを受けている。顔を上げた桃枝の瞳に映ったのは、まさかの【涙目になっている山吹】だった。
いったい今の発言で、どうして山吹は涙目になるほどショックを受けているのか。戸惑う桃枝が訊ねる前に、山吹は体を小さく震わせながら答えを口にした。
「そう、ですよね。あれだけ『信じられない』とか言っていたくせに、都合が良すぎますよね……。ごめん、なさい」
「は? 違うぞ、山吹。否定的な意味合いじゃなく、俺は──」
フルフルと、山吹は首を横に振る。『桃枝が気を遣っている』と思ったのだ。
「気持ち悪いですよね、こんな自分勝手な全身中古品から愛されたって。ごめんなさい、すみません……」
これは、よくない流れになっている。桃枝は俯いた山吹の手を掴み、強引に自分側に視線を向けさせた。
「違う! 今のは『内心大はしゃぎで大喜びのお祭り騒ぎだ』って話だ馬鹿ガキ!」
「……大はしゃぎ?」
キョトンと、山吹の目が丸くなった。涙目になり潤んだ山吹の瞳は、なぜだか妙にキラキラと輝いているようにも見える。
その目が綺麗だから、という理由だけではなく。桃枝は今、山吹を直視できそうにない。
桃枝は今から、らしくないことを口にするのだから。
「──ちゃんと、俺だって浮かれているつもりだ。ただ俺は、それが少し分りにくいだけで……。だから、俺は……お前と、両想いになれて、その。……し、幸せ、だ」
やはり、言葉にするのは難しい。顔が熱くなる。これなら露骨に分かり易く浮かれている山吹の方が何万倍も立派だ。
ボソボソと聞き取りづらい声量で心情を打ち明けた桃枝を見て、山吹はパチパチと数回、瞳を瞬かせた。
「そう、ですか。課長は今、幸せなんですね」
どうやら、納得してくれたらしい。桃枝は山吹の手を放し、視線を外す。
いったい自分は、職場でなにを言っているのか。己を叱責し、さてこの空気をどうしたものかと考え──。
「──なんだか、ズルいなぁ」
山吹の言葉に、桃枝は顔を上げた。
「『狡い』って、俺がか? なんでだよ?」
「カッコいいのに、ステキなのに。年上なのに、カワイイなんて。……属性盛りすぎですよ、まったく。課長は、ズルい人です」
笑顔だ。山吹は、控えめな笑顔を浮かべている。
「──これからも、課長の幸せにはボクが必要不可欠であってほしいな」
照れくさそうに「なんちゃって」と付け足しながら。
狡いのはどっちだ、と。堪らず桃枝は、そう言いかけたが……。
「山吹、お前……。いいことを言うな、本気で」
「へへっ。お褒めにあずかり光栄ですっ」
少しずつ、山吹は変わってきている。それが嬉しくて、けれど指摘をすれば山吹をきっと動揺させてしまうから。
だから桃枝はポンと一度だけ、山吹の頭を撫でた。
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