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悩みは解決せず、仕事を終えた夜。
「見てください、課長っ! 一番欲しかったキーホルダーが一発で出ましたっ!」
桃枝は山吹と共に、ショッピングモールへ来ていた。
金を入れ、ハンドルを回すとカプセルに入った景品が出てくる機械を前に、山吹がはしゃいでいる。子供のように無邪気な姿が見られて、桃枝は素直に『嬉しい』と思った。
「お前は本当に可愛いな」
思うと同時に、本心がポロリと口からこぼれ出る。まるで、山吹が手にして喜んでいる景品のように、ポロッと。
今日も、山吹の笑顔が眩しい。山吹の笑顔が見られて、幸福だ。山吹にはずっと、笑っていてほしい。その笑顔を、ずっとずっと守らせてほしい……と。
桃枝が紡ぐ褒め言葉にはそういった意味合いがたっぷりと内包されているのだが、さすがの山吹でもそこまでは読み取れていないのだろう。
……さて。いつもの山吹なら胸を張り、ドヤリと勝ち気な笑みを浮かべて『ボクがカワイイのは当然ですっ』くらい言うのだが。
「ボクって、カワイイですか?」
「可愛いだろ」
「ですよね……」
珍しく『可愛い』と言われて落ち込んだではないか。
褒め言葉に対して落ち込むなんて、山吹らしくない。桃枝は思わず、目を丸くした。
カプセルの中から取り出したキーホルダーをつまみつつ、山吹は呟く。
「ボク、男なのにカワイイんですよ。中途半端です」
「そうか? いいだろ、俺の中でお前はずば抜けて可愛いんだから」
「モチロン、そう評価していただけるのは嬉しいですよ? 嬉しいん、ですけど……」
つまんだキーホルダーを左右に揺らしながら、山吹はまるで独り言のような声量で付け足した。
「カッコ良くなって、課長をときめかせたいです」
パンダのキーホルダーを眺めながら、なにを言っているのだろう。どう見ても、この光景だけで桃枝の心はザワザワと歓喜に騒ぎ、ときめきがフルマックスなのがなぜ分からない。
……とは、当然言えず。桃枝は頬を掻き、キョロキョロと辺りを見回した。どうやら周りには今、人がいないらしい。
「山吹、立てるか?」
「あっ。す、すみません。用事もないのに、ずっとしゃがみっぱなしで──」
「違う、そうじゃねぇっつの」
顔を青くしている山吹は、どうやら『桃枝を怒らせた』と思ったようだ。自分の態度がどれだけ悪いのか反省しつつ、桃枝は山吹の腕を引く。
「えっ? かっ、課長っ?」
強引なほど強い力で腕を引かれた山吹は、ポスッと桃枝の胸に顔を埋める。
「あのっ、課長っ? こっ、こんなところで、いきなり……っ」
「鼓動が騒がしいの、聞こえるか?」
「……鼓動?」
突然抱き留められて戸惑っていた山吹が、桃枝の言葉を聴き、自ら距離を詰めてきた。恋人の密着に、桃枝の胸は律儀に跳ねる。
「これって【ときめいてる】ってことなんじゃねぇのか?」
「課長……っ」
どこか、感動した様子で。山吹は桃枝を呼び、顔を上げて──。
「──たぶんこの心音、現状に対しても騒いでいるんだと思います」
「──確かにそれは否めねぇな」
いつ人が来るか分からない、この状況。二人は顔を赤くしながら、どちらからともなくそっと離れた。
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