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場所は移り、桃枝のマンション。
山吹手製の夕食を平らげた桃枝は、ソファに座りながらぼんやりとテレビを眺めていた。
当然、桃枝は調理から片付けまであらゆる面で手伝いを申し出たのだが……山吹があまり、嬉しくなさそうだったのだ。
食器を出す、食器を流し台に持って行く、テーブルを拭く。桃枝に割り振られた作業は、これだけ。それ以外は……。
『泊めていただくお礼なんですから、ボクにやらせてくださいっ』
と言い、山吹が一人で進めてしまった。
確かに普段から料理はしないが、少しくらいなら助力にもなれると言うのに。献身的なところに惚れ直してはいるが、もう少し頼ってほしいという気持ちもある。
しかし桃枝はすぐに気を取り直し、キッチンに視線を向けた。
「山吹。テレビ、好きな番組を見ていいからな」
「好きな番組、ですか?」
山吹が、キッチンから顔を出す。ひょこっと姿を現すその動作が愛らしく、桃枝の表情は堪らず強張った。
だが、山吹は桃枝の表情が強張ったことに気付かない。なぜなら……。
「えっと、ごめんなさい。ボク、テレビは捨ててしまったのでここ最近見ていなくて。だから、課長の好きな番組で大丈夫です。せっかく気を遣っていただいたのに、すみません……」
申し訳なさに、胸を痛めることで手一杯なのだから。
特に深い意味もなく放った言葉で、山吹の表情を曇らせてしまっている。思い返せば確かに、山吹が暮らす部屋にテレビはなかった。
「そう、か」
ジッと、桃枝は委縮している山吹を見つめる。
「山吹、こっちに来られるか?」
「はいっ。ナイスタイミングなお誘いですね、課長。洗い物が終わったので、今から行こうと思っていました」
桃枝を困らせまいと、山吹が無理矢理テンションを上げた、と。桃枝は気付いた。
だが、違う。桃枝は山吹に気を遣わせたいわけではないのだ。
「それはなによりだ。なら、ここに来い」
「えっ。『ここ』って……」
桃枝は、自分の力で山吹を笑顔にしたいのだから。
ソファに座る桃枝は、膝の間にスペースを作る。そして『ここ』と言いながら、作ったばかりのスペースを指したのだ。
山吹は、おそらく戸惑っているのだろう。キッチンから桃枝が座るソファ付近にまで移動したものの、ウロウロと右往左往しながら動揺を露わにしていた。
そんな山吹を見上げたまま、桃枝は自身の膝の間をポンと叩く。
「来いよ、緋花」
「……っ」
縮こまりつつ、山吹はゆっくりとした足取りで、さらにソファへ近付いた。
言われた通り、山吹は桃枝の膝の間に座る。やはり縮こまったままの山吹を、桃枝は背後から抱き締めた。
「少し、このままでもいいか」
「は、い……」
まだ、こうしたスキンシップには慣れていないらしい。抱き締められた山吹は、ソワソワと落ち着かない様子だ。
「課長、えっと。その、ありがとう……ござい、ます」
「なにがだ?」
「こうして、ボクをテレビの前に固定してくれていることです」
山吹が、顔を上げる。
「教えてください、課長。今のテレビって、どういう番組を放送しているんですか?」
興味がないわけではないらしい。きっと、家族との苦い思い出があるせいで苦手意識があるだけ。山吹はきっと、テレビ番組自体には興味があるのだろう。
そこまでの推測をしても、深掘りはしない。桃枝はテーブルに置いていたリモコンを手に取り、山吹に渡す。
「リモコンのここを押せば番組表が表示されるぞ。で、気になった番組の詳細はこうすれば見れる」
「なるほど……」
リモコンを見つめた後、山吹は言われた通りに番組表を表示した。
テレビ画面を眺めること、数秒。山吹はおずおずと、テレビ画面を指す。
「この、過去にあった殺人事件の謎を紐解くって内容の番組が見たいです」
「歌番組でも動物番組でもなく、それがいいのか? まぁ、俺はなんでもいいぞ」
「いいんですかっ? ありがとうございます、課長っ」
「その選択でまさかこんな可愛いツラが拝めるとはな……」
山吹が自分の考えを素直に告げてくれて嬉しい反面、想定と違う番組選択による驚愕。桃枝はなんとも言えない表情を浮かべつつ、画面を切り替えた。
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