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 思いの外、山吹が選んだ番組で盛り上がってしまった。ドキドキとハラハラを共有した桃枝は、番組が終わると静かに息を吐いた。  番組は切り替わり、アナウンサーが事件や出来事を伝えている。淡々と告げられるニュースを眺めていると、桃枝はふと、山吹の様子に気付いた。  膝の間に座った山吹が、眠そうにコクリコクリと船を漕いでいるのだ。 「オイ、山吹?」 「んぅ……?」 「歯磨きも風呂も済ませてねぇんだから、まだ寝るなよ。……寝たら、キスするぞ」 「ん……」  返事はあるが、果たしてこれは送られた言葉の意味を理解したうえでの返事なのか。吐息のような相槌を打つ山吹が、ついには目を閉じてしまった。  寝息を立て始めた山吹の頭を、桃枝はそっと撫でる。そのまま、宣言通りに山吹の唇にキスを落とした。  その瞬間──。 「──引っ掛かりましたね?」  山吹の瞳が、ぱちっと開いた。 「眠っているボクにキスをするなんて、ヤッパリ課長ってむっつりさんですよねぇ? やぁ~いっ、えっちぃ~」  上機嫌そうに揶揄いながら、山吹は桃枝を見上げる。実に、普段の山吹らしい反応だ。  テレビを見る直前に浮かべていた、青色の表情よりは断然いい。桃枝はニヤニヤと笑う山吹の頭を撫でながら、いつもと変わらない真顔で答えた。 「──起きていると思ったからこそ、俺はキスをしたつもりなんだが。されたかったんじゃないのか?」  上がっていた山吹の口角が、ひくりと強張る。それから、山吹はみるみるうちに赤面していった。 「なっ、さっ、最近の課長、少し生意気ですよっ! ボクを返り討ちにするなんて、生意気すぎますっ!」 「──相変わらず照れ隠しが雑だな」 「──『照れ隠しをしている』と気付いているのなら、指摘しないでいただきたいのですが……!」  赤くなった顔を背けて、山吹はテレビを見始める。気持ちでも落ち着けたいのだろうか。桃枝は山吹に言われた通り、それ以上の指摘も追跡もしない。  ニュース番組はいつの間にか終わっていたらしく、今はドラマの時間らしい。画面には、ベタベタに甘え合っているカップルが映っていた。 「なんですか、この映像は。演技とは言え、いい年して恥ずかしいやり取りですね。見ていられませんよ、まったくもう」  山吹は不服そうに唇を尖らせながら、まるで睥睨するかのような視線でテレビを見ている。  特段、ドラマの内容に興味はない。桃枝は膝の間に座る山吹の頭から手を放し、口を開いた。 「……なぁ、山吹」 「なんですか?」 「──素直に甘えられる奴が羨ましいからって、そんな言葉を遣うなよ」  刹那。 「う、うらっ、羨ましくなんて、全然……っ!」  山吹の頬が、またしても紅潮した。当てずっぽうではあったが、どうやら図星らしい。 「素直に『ごめんなさい』が言えたら、頭を撫でてやる」 「あっ、う、く……っ」  桃枝は山吹の顔を覗き込み、分かり易く逡巡している様子を観察する。  プライドを、どうするか。悩みに悩んだ山吹は、俯いて……。 「ただ、ちゃんと『悪いことを言っちゃったな』と思ったから、謝るんです。頭を撫でてもらえるからとかじゃ、ありませんから」 「はいはい」 「『はいはい』は、やめてくださいよ。惨めになります」  そろり、と。気恥ずかしそうに、山吹は顔を上げた。 「……酷いことを言ってしまって、ごめんなさい」 「ん、いい子だな」 「……っ」  約束通り、頭を撫でる。山吹はブツブツと「別に、褒めてもらうためとかじゃないですし……」なんて言い訳を繰り返していた。  ……が、嬉しそうだ。山吹の頭を撫でて喜ばれる日がくるとは思っていなかった桃枝としては、本人にとってはどうであれ、実に嬉しい変化だった。

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