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 赤くなったまま頭を撫でられ続ける山吹を見下ろして、桃枝は口を開いた。 「前にも言ったが、俺はお前に甘えられたい。だから、なにも気にすることはないと思うぞ」 「それは、知っています。ですが……でも、ボクは……っ」  あれだけ桃枝の好意を否定し、傷付けたというのに。果たして、資格があるのだろうか。……おそらく山吹は、そんなことを考えているのだろう。  桃枝としては、そんなこと杞憂以外のなにものでもないのだが。そう言ったところで、山吹はすぐに気持ちを切り替えられないだろう。それくらいのことをしたのだと、山吹は己自身を責めているのだから。 「大丈夫だ、山吹。俺は嘘を言わない」  ゆえに、桃枝ができるのはこれだけ。同じ内容だとしても、何度も何度も山吹に気持ちを伝え続けることしかできない。  その結果として、山吹は桃枝を選ぶことができた。愚直だろうと浅慮だろうと、桃枝の素直さで救えるものがあったのだ。  ぐっ、と。山吹の表情が、険しくなる。 「そんなに、優しくしないでください。今までの罪悪感とか、課長への気持ちとか……色々な意味で胸が詰まって、泣いてしまいそうです」 「そうか」 「なんなら、課長の前で泣いて差し上げましょうか? そうしたら課長、絶対に困りますよね? それでもいいんですか?」 「そうだな、困る。お前に泣かれると、俺は困る」 「だったら──」 「──だがそれ以上に、お前が一人で泣いちまう方が困るんだよ」  険しい表情を隠すように俯いた山吹が、ビクリと体を震わせた。 「いっぱい甘えてくれ。期待に応えられるかは分からないが、俺はいつだって全力でお前を愛するから」  背後に座る桃枝が、山吹を抱き締めたからだ。  ついに、山吹はスンと鼻を鳴らしてしまった。 「優しく、しないでください……っ。課長の前で泣くの、恥ずかしいんです。カッコ悪くて、こんなボクはイヤなんです……っ」 「素直に泣けるのはいいことだぞ」 「大規模な慰めはやめてください、ばか……っ」  目元を拭うと、すぐに涙が手袋に染みていく。  涙がもしも、冷たいものだったなら。きっとここまで、愛おしく思うこともなかっただろうに。桃枝はそんな、栓無きことを考える。  そうすると、ほぼ同時。 「涙は、しょっぱいですけど。同時に、からいですよね」 「そうだな」 「【からい】と【つらい】は、漢字で書くと同じ。……だから、涙はからいのでしょうか」  山吹もまた、他愛もないことを考えていたらしい。 「ホントに、情けないです。こんな時に、らしい言葉がなにも浮かばないなんて……。おかしいなぁ、ホント。ボクはもっと、人と上手に関われるタイプだと思っていたのに……」  ドラマの内容も、コマーシャルの内容も、なにも入ってこない。  念入りに作り込まれたそれらの作品より、腕の中にいる男が紡ぐまとまっていない言葉の方が、大切で仕方ないのだから。 「言葉なんざ、選ばなくていい。どんな内容でも、まとまっていなくたっていいから……俺にはいつだって、お前の素直な気持ちを聴かせてくれよ」  同じように、自分のヘタクソな言葉を受け止めてくれるといいのだが。贅沢なことを願いながら、静かに涙を流す山吹の頭を、桃枝は撫で続けた。

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